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ヤリスクロス新型はいつ登場?マイナーチェンジ時期と変更点を整理

現行ヤリスクロスと次期改良モデルをイメージしたコンパクトSUVの新旧比較シーン

ヤリスクロスの次の大きな改良は2027年が有力視されていますが、現時点でトヨタから日本発売時期の正式発表はありません。

2020年8月31日に登場したヤリスクロスは、2022年、2024年、2025年、2026年と改良を重ねています。特に2024年1月17日の一部改良では安全装備や内外装、コネクティッド機能が大きく進化し、2026年3月2日にも再び一部改良が実施されました。

ヤリスクロス新型はいつ登場する?2027年説を整理

ヤリスクロスの「新型はいつ?」と調べている方が最も気になるのは、次の大きなモデルチェンジ時期でしょう。

現在確認できるトヨタの公式情報では、2027年に日本向けヤリスクロスを大幅改良するという正式発表は出ていません。 一方、自動車情報メディアでは、2027年に新しいフロントデザインを採用した改良モデルが日本へ導入されるとの予想が出ています。

ここで注意したいのが、「新型」「マイナーチェンジ」「フルモデルチェンジ」という言葉が混在していることです。

ヤリスクロスでは2024年1月17日に比較的大きな変更が行われましたが、トヨタ自身はこれを「一部改良」と発表しています。一般にはマイナーチェンジと表現されることもありますが、メーカー公式の分類とは必ずしも一致しません。

ヤリスクロスは2020年8月31日の発売以来、まだ全面刷新となるフルモデルチェンジを行っていません。

これまでの主な流れを整理すると、次のようになります。

時期 主な内容
2020年8月31日 ヤリスクロス発売
2022年8月 一部改良、GR SPORT・Z“Adventure”追加
2024年1月17日 内外装・安全装備・マルチメディアを一部改良
2025年2月27日 一部改良、Z“URBANO”設定
2026年3月2日 ヤリス/ヤリスクロスを一部改良
2026年8月3日 GR SPORTグレードを一部改良
2027年 大幅改良モデル登場との予想あり。公式発表ではない

つまり、2027年という時期は現段階では「予想」として見るのが正確です。

私としては、ここを断定してしまうと、新車購入を考えている人の判断を誤らせる可能性があると思います。「2027年発売決定」ではなく、「2027年の大幅改良が有力視されているものの、正式発表待ち」と理解しておくのが安全です。


ヤリスクロスのマイナーチェンジは2024年に何が変わった?

ヤリスクロスの近年の改良で大きな節目になったのが、2024年1月17日の一部改良です。

外観だけを少し化粧直しした程度ではなく、安全性能、メーター、ナビ、内装、ボディカラーまで広い範囲に手が入っています。

まず外観では、GR SPORTを除いてアッパーグリルのパターンが変更され、従来よりSUVらしい力強さを意識したデザインになりました。

ボディカラーには新色「マッシブグレー」が追加され、ブラックとの2トーンも設定されています。一方でブラスゴールドメタリックなど一部カラーは廃止されました。

Z、Z“Adventure”ではルーフサイドスポイラーが拡大され、18インチアルミホイールの塗装色もダークグレーからブラックへ変更されています。

ただ、2024年改良の本質は見た目以上に「日常で触れる部分の改善」にあったと私は感じます。

室内では、コンソールボックス付きフロントソフトアームレストが採用され、メーターには7.0インチTFTカラーマルチインフォメーションディスプレイが拡大展開されました。

ZとGでは、インパネモールやドアトリムガーニッシュなど一部加飾がシルバー系からガンメタリックへ変更されています。

Zの内装色にはカーキが設定され、Z“Adventure”のシート表皮もフル合成皮革へ変更されました。

ヤリスクロスはもともと燃費や取り回しのよさに強みがある一方、「内装は価格の割にシンプル」と感じる人もいる車です。そのため、こうした質感改善はスペック表の数字以上に購入後の満足感へ効いてくる変更だと考えます。


2024年改良で安全装備はどう進化した?

ヤリスクロスマイナーチェンジの変更点として、特に見逃せないのがToyota Safety Senseの進化です。

2024年1月の一部改良では最新世代のToyota Safety Senseが全車に搭載され、プリクラッシュセーフティの対応範囲が広げられました。

従来からの車両、歩行者、自転車運転者への対応に加え、交差点で出会い頭になる車両や自動二輪車への対応が拡大されています。

さらに、信号が変化した場合にも知らせる発進遅れ告知機能、ドライバー異常時対応システム、プロアクティブドライビングアシストなども追加されています。

プロアクティブドライビングアシストは、歩行者の横断や飛び出しなどのリスクを先読みし、状況に応じて減速や操舵を支援する機能です。

また、先行車やカーブに対して減速操作を支援することで、一般道でアクセルとブレーキを頻繁に踏み替える負担を減らす狙いもあります。

上級グレードでは装備も充実しました。

GR SPORT、Z“Adventure”、Zでは、車線変更時の死角確認を補助するブラインドスポットモニター(BSM)と、車両周辺を上から見下ろしたような映像で確認できるパノラミックビューモニター(PVM)が標準化されています。

こうした変更を見ると、2024年のヤリスクロスは単なる「見た目の変更」ではありません。

個人的には、中古車で2023年以前のモデルと2024年以降を比較する場合、価格差だけで判断せず、安全装備とディスプレイ周辺の違いを確認する価値が大きいと思います。


2025年・2026年のヤリスクロス一部改良はどう進んだ?

2024年で改良が終わったわけではありません。

2025年2月27日には再び一部改良が実施され、特別仕様車Z“URBANO”も設定されました。

この改良では、Xグレードへのディスプレイオーディオやバックガイドモニター、ETC車載器の標準化など、従来オプションだった装備の標準化が進められています。

Zなどではコネクティッドナビ関連装備も充実し、全グレードにドアミラーヒーターが設定されました。

そしてトヨタは2026年2月20日、ヤリスとヤリスクロスの一部改良を正式発表し、2026年3月2日に発売しました。

自動車情報メディアでは、2026年のヤリスクロスについて、Z、Z“Adventure”、Gのディスプレイオーディオを10.5インチへ拡大したことや、ドアミラーとシャークフィンアンテナをブラック化したこと、ボディカラー「アーバンロック」の設定などが報じられています。

一方で、デジタルキーやトヨタ チームメイト[アドバンスト パーク]など、一部装備については設定整理も行われたとされています。

さらに2026年8月3日には、トヨタがヤリスクロス GR SPORTグレードの一部改良を発表しています。

ここまで細かく改良を重ねていることを見ると、ヤリスクロスは2020年発売時の内容をそのまま販売している車ではありません。

むしろ、「フルモデルチェンジまで現行型の商品力を少しずつ高めていく」というトヨタらしい熟成型の改良が続いているモデルと見るほうが実態に近いでしょう。


2027年のヤリスクロスマイナーチェンジでは何が変わる?

2027年の大幅改良については、ここから先は公式発表済みの事実と予想を分けて見る必要があります。

自動車情報メディアでは、2026年4月16日に欧州で先行して紹介されたデザインをベースに、日本仕様のヤリスクロスにも新世代のフロントフェイスが採用される可能性が伝えられています。

予想されている大きな変更が、フロントグリルです。

従来の独立したグリルらしい表現から、ボディと一体感を持たせたハニカムメッシュパターンを使うデザインとなり、より新世代のトヨタSUVらしい顔つきになるとされています。

デイタイムランニングライトもヘッドライト側へ統合され、「ハンマーヘッド」と呼ばれる近年のトヨタ車のデザインにつながるコの字型ライトを意識した造形になるとの情報があります。

一方、リアデザインは大幅に変更せず、現在のヤリスクロスらしさを残す方向が伝えられています。

この内容が日本仕様にもそのまま採用されれば、2024年のグリルパターン変更よりも見た目の変化はかなり分かりやすくなりそうです。

ただし、日本仕様の2027年モデルについてトヨタが正式に詳細を発表したわけではありません。

エンジンやハイブリッドシステム、価格、安全装備についても、正式発表前の予想を「決定事項」として扱うのは避けるべきでしょう。

ネット上では第5世代ハイブリッドシステムや次世代パワートレーンへの期待も見られますが、現段階では確定情報として購入計画へ織り込む段階ではありません。


ヤリスクロス新型を待つべき?現行型を買うべき?

ここは新型の登場時期以上に、購入を検討している人にとって重要です。

私なら、「2027年に何か出るかもしれない」という理由だけで現行型を長期間待つ必要はないと考えます。

理由は、現在のヤリスクロスが2024年、2025年、2026年と継続的に改良されており、すでに発売初期型とは装備内容がかなり違うからです。

現在のトヨタ公式サイトでは、例えばハイブリッドZ“Adventure”のE-Fourが335万5,000円、ガソリンGの2WDが234万1,900円などとなっています。

ハイブリッド車ではWLTCモード26km/L台を実現する仕様もあり、ガソリン車、ハイブリッド車、2WD、4WDを用途に合わせて選べます。

新型を待つメリットは、新しい外観や最新装備を選べる可能性があることです。

一方、モデルチェンジでは車両価格が上昇する可能性もあり、欲しい装備が標準化される代わりに不要な装備まで価格へ含まれるケースもあります。

私は「新しさそのもの」より、今必要な装備にいくら払うのかで判断したほうが後悔しにくいと思っています。

例えば、2024年以降のモデルには7.0インチTFTディスプレイや進化したToyota Safety Senseなどが採用されています。

「今の装備で十分」「現在のデザインが好き」「買い替え時期が来ている」という人なら、無理に新型まで待つ必要性は高くありません。

反対に、「せっかく300万円前後を払うなら外観が大きく変わったモデルが欲しい」「1年以上待っても困らない」という人なら、2027年の正式情報を確認してから比較してもよいでしょう。

この違いは、スマートフォンの新型待ちに少し似ています。

次のモデルは確かに気になりますが、「次が出そうだから」と待ち続けていると、結局いつまでも買えません。車は日常の移動道具でもあるため、必要な時期も立派な購入条件です。


ヤリスクロスのフルモデルチェンジはいつになる?

もう一つ混同しやすいのが、2027年に予想される改良とフルモデルチェンジの関係です。

ヤリスクロスは2020年8月31日に初代が発売されて以降、少なくとも今回の素材で確認できる範囲では、全面刷新となるフルモデルチェンジは実施されていません。

過去には「2026年ごろにフルモデルチェンジするのではないか」という予測もありました。

その根拠として、一般的なモデルサイクルが5~7年前後とされること、ヤリスクロスが採用しているTNGAのGA-Bプラットフォームの展開時期、ホンダ・ヴェゼルやスズキ・フロンクスといった競合SUVの動きなどが挙げられていました。

しかし実際には、トヨタは2026年3月にも現行ヤリスクロスを一部改良しています。

この流れを見る限り、「発売から6年経ったから、すぐフルモデルチェンジする」と単純には判断できません。

2027年についても現時点では、大幅なデザイン変更を伴う改良モデルという情報が中心です。

したがって、2027年モデル=必ず2代目ヤリスクロスになる、と考えないほうがよいでしょう。

フルモデルチェンジならプラットフォーム、車体構造、パワートレーン、室内設計など幅広い刷新が行われる可能性があります。

対してマイナーチェンジや一部改良は、基本骨格を維持しながらデザインや装備、安全性能などを更新するものです。

検索すると両者が混ざって出てきますが、購入判断ではこの違いを整理することがかなり重要です。


考察:次のヤリスクロスは「全面刷新」より熟成がポイントになりそう

ここからは私見です。

ヤリスクロスのこれまでの改良を見ると、トヨタは一度にすべてを変えるというより、必要な装備を段階的に追加しながら商品力を維持する戦略を取っているように見えます。

2024年には安全装備とコネクティッド機能を大きく強化し、2025年には装備の標準化、2026年にはディスプレイや仕様の見直しを進めています。

その流れを考えると、仮に2027年に新しいフロントデザインが導入されても、「中身が完全に別物になる車」を期待すると少し違う可能性があります。

むしろ、現行ヤリスクロスの使いやすいサイズや低燃費、SUVらしい最低地上高、ガソリンとハイブリッドの選択肢を残しながら、見た目とデジタル装備を現代化する方向は十分考えられます。

これは悪いことではありません。

ヤリスクロスの魅力は、巨大なディスプレイや豪華な内装というより、全幅1,765mm前後の扱いやすいボディにSUVとしての実用性と低燃費をまとめている点にあります。

フルモデルチェンジで必要以上に大型化、高価格化するより、この基本を残したまま熟成してくれたほうが、実用性やコスパを重視する人には歓迎しやすいでしょう。

一方で2020年の登場から時間が経っているため、内装デザインやインフォテインメントについては競合車との差が見えやすくなる時期でもあります。

2027年に大幅改良が行われるなら、外観だけでなく、ディスプレイの見やすさやスマートフォン連携、予防安全装備など、毎日使う部分がどこまで進化するかに注目したいところです。

新型車はどうしても「デザインが変わった」「画面が大きくなった」という話題が目立ちます。

しかし購入後に何年も使うことを考えれば、安全性能、燃費、収納、乗り降りのしやすさ、装備価格のバランスこそ重要です。

私は、次期ヤリスクロスを見るときも、派手な変更点より「価格上昇分に見合う実用性が増えたか」をチェックしたいと思います。


まとめ

ヤリスクロス新型の登場時期については、2027年に大幅改良モデルが日本へ導入されるとの予想があるものの、トヨタから正式な発売時期は発表されていません。

確定している流れとしては、2020年8月31日の発売後、2022年、2024年、2025年、2026年と一部改良が続いています。

特に2024年1月17日の改良では、グリルデザイン、新色マッシブグレー、7.0インチTFTディスプレイ、コネクティッドナビ、進化したToyota Safety Senseなどが採用され、商品力が大きく高まりました。

2026年にも一部改良が実施されているため、現行型は発売当初からかなり熟成されています。

2027年モデルでは新世代のハニカム調フロントデザインなどが予想されていますが、正式仕様や発売日、価格については今後のトヨタ発表を待つ必要があります。

新型を待つか現行型を買うかは、「新しいデザインを優先するか」「今の装備と価格を優先するか」で決めるのが現実的です。


よくある質問

ヤリスクロス新型は2027年に発売されますか?

2027年に大幅改良モデルが日本発売されるとの予想がありますが、現時点ではトヨタが日本仕様の発売時期を正式発表した情報ではありません。2027年発売を確定事項として考えず、今後の公式発表を確認するのが安全です。

ヤリスクロスは2024年にフルモデルチェンジしたのですか?

いいえ。2024年1月17日に行われたのは、トヨタ公式では「一部改良」です。グリル、内装、安全装備、マルチメディアなど幅広く変更されたためマイナーチェンジと表現される場合がありますが、全面刷新ではありません。

ヤリスクロスのフルモデルチェンジはいつですか?

今回の素材で確認できる範囲では、次回フルモデルチェンジの正式な時期は発表されていません。2020年8月の発売から年数が経過しているため予想は多くありますが、2026年にも現行モデルの一部改良が続いており、正式発表を待つ必要があります。

ソロ(そろ)/新車・カーライフ愛好家

ヤリスクロスの荷室は使いやすい?荷物の積みやすさと実用性を検証

ヤリスクロスの荷室にスーツケースや買い物袋を積み、実用性と積載性を確認するイメージ

ヤリスクロスの荷室は、5人乗車時でも十分な奥行きと幅があり、床の高さ変更や分割可倒式リヤシートによって荷物に合わせやすい実用的な設計です。

買い物や旅行はもちろん、ゴルフバッグや長尺物、アウトドア用品まで対応しやすい一方、大型SUVほどの余裕はありません。ヤリスクロスの荷室を選ぶポイントは、単純な容量よりも「床をどう使えるか」と「後席を残したまま何を積めるか」にあります。

ヤリスクロスの荷室サイズはどれくらい?日常使いには十分?

ヤリスクロスの荷室は、コンパクトSUVとしてはしっかり荷物を積めるサイズです。

ウエインズトヨタ神奈川が紹介している寸法では、5名乗車時の荷室は長さ820mm、最大幅1,400mm、高さ732mm。アジャスタブルデッキボードを下段にすると、荷室高は850mmまで確保できます。

つまり、普段の買い物袋を載せる程度ならかなり余裕がありますし、スーツケースやレジャー用品を載せる場面でも使いやすい寸法です。

荷室容量については、測定条件によって表記が異なります。ウエインズトヨタ神奈川の記事では、2WDのデッキボード非装着車で371Lと紹介されています。

一方、KINTOの記事では、2WDガソリン車・デッキボード非装着状態でデッキアンダートレイを含めた容量を390Lとしています。

この違いは、「ヤリスクロスの荷室は371Lなのか390Lなのか」と迷いやすいところです。しかし、容量は測定条件やデッキアンダースペースを含むかどうかで変わるため、数字だけを単純比較しないほうがいいでしょう。

実際の使い勝手を考えるうえでは、次の寸法を見るほうがイメージしやすくなります。

項目 ヤリスクロスの目安
荷室長 820mm
荷室幅 最大1,400mm
荷室高 732mm
デッキボード下段時の高さ 850mm
荷室容量 条件により371〜390Lと紹介

個人的には、荷室容量を示す「L」という数字よりも、幅1,400mmと奥行き820mmがあることのほうが普段使いでは重要だと感じます。

スーパーでまとめ買いした食品、日用品の箱、折りたたみ式のベビーカーや旅行用バッグなどは、荷物の形がばらばらです。数字上の容量が大きくても荷室の形が使いにくければ意味がありません。

ヤリスクロスは、コンパクトSUVとして車体を大きくしすぎず、それでも荷室に一定の余裕を持たせているところが実用面での強みです。


ヤリスクロス荷室の使いやすさはアジャスタブルデッキボードがポイント

ヤリスクロスの荷室で注目したい装備が、6:4分割アジャスタブルデッキボードです。

トヨタによると、GR SPORT、Z“Adventure”、Z、Gの各2WD車に標準装備され、荷物に合わせて荷室床面の高さを2段階で変更できます。

さらに床板そのものを6:4で左右に分割できるため、一方を上段、もう一方を下段のように使い分けることもできます。

たとえば、背の高い荷物と低い荷物を同時に運ぶ場合、すべての床を同じ高さにする必要がありません。これはカタログ容量には表れにくいものの、日常ではかなり便利な機能です。

デッキボードを下段にすれば、荷室高は850mmまで確保できます。高さのある箱や旅行用品を積むときは、こちらのほうが有利です。

一方、床を上段にすると、後席を倒したときに荷室側との段差を抑えやすくなります。

「容量を最大にする」だけでなく、荷物の形に応じて床そのものを変えられる。ここがヤリスクロス荷室の特徴です。

私は車選びで荷室を見るとき、「何L入るか」より「荷物を積むたびにパズルをしなくて済むか」を重視しています。

旅行帰りにスーツケースとお土産袋を載せたり、ホームセンターで高さの違う箱を買ったりすると、きれいな直方体の荷物ばかりではありません。

その点、荷室床を上下・左右に使い分けられるヤリスクロスは、コンパクトSUVとしてかなり考えられた設計だと思います。

ただし、アジャスタブルデッキボードの装備状況はグレードや駆動方式によって異なります。購入時には「ヤリスクロスだから全部同じ」と思わず、自分が検討している仕様で確認することが大切です。


後席を倒すとどうなる?長尺物や自転車も積みやすい

ヤリスクロスの荷室は、後席を倒すことで使い方が大きく広がります。

トヨタでは、GR SPORT、Z“Adventure”、Z、Gに4:2:4分割可倒式リヤシートを採用しています。

4:2:4分割の便利なところは、後席中央部分だけを倒せることです。

スキー板などの長尺物を中央から荷室へ通しながら、左右の後席を残せるため、長い荷物を積みつつ大人4人が乗車できるという使い方ができます。

これは6:4分割だけでは難しい使い方です。

一方、仕様によっては6:4分割可倒式リヤシートが採用されます。こちらも片側だけ倒して長い荷物を積んだり、両方倒して荷室を大きく拡張したりできます。

KINTOが過去に紹介したヤリスクロスでは、後席をすべて倒したフラットモードで、荷室容量を1,102Lまで拡張できるとされています。

同記事では、自転車2台を積載できる例も紹介されています。

もちろん、自転車のサイズやハンドル形状、積み方によって実際の収まり方は異なります。そのため「どんな自転車でも2台積める」と考えるべきではありません。

それでも、日常では5名乗車時の荷室を使い、必要なときだけ後席を倒して大きな空間に変えられるのは、コンパクトSUVとして理にかなっています。

ゴルフをする人にも相性は悪くありません。KINTOの記事では、長さ125cmのゴルフバッグを荷室へ横置きした例が紹介されています。

また、66cm×43cm×26cmのスーツケースを横置きした例もあります。

実際の使い方を考えると、ヤリスクロスは「常に巨大な荷室が必要な人」の車ではなく、普段はコンパクトに乗り、週末だけ荷室を広げたい人に向くSUVと考えると分かりやすいでしょう。


荷物の積みやすさは?ハンズフリーパワーバックドアも便利

荷室の使いやすさは、広さだけでは決まりません。バックドアをどう開けられるかも、買い物や旅行では意外に重要です。

ヤリスクロスには、仕様に応じてハンズフリーパワーバックドアをメーカーオプションで設定できます。

トヨタによると、GR SPORT、Z“Adventure”、Z、Uでメーカーオプションとして用意されています。

スマートキーを持っていれば、リヤバンパー下へ足を出し入れすることでバックドアを自動開閉できます。

両手に買い物袋を持っているとき、荷物を地面へいったん置かなくても荷室を開けられるのは実用的です。

さらに、停止位置メモリー機能や予約ロック機能も備えています。

特にバックドアを大きく開けるスペースが取りにくい場所では、停止位置を設定できる機能が役立つでしょう。

ただし、ハンズフリーパワーバックドアは全車標準ではありません。

「ヤリスクロスは足で開く」と思い込んで購入すると、検討グレードに装着されていなかったということもあり得ます。便利装備を重視する場合は、グレードとメーカーオプションの組み合わせまで確認したいところです。

荷物そのものを安定させたい場合には、販売店装着オプションとしてフレックスベルトも用意されています。

スーツケースや自転車などを固定する2本組のベルトで、走行中に荷物が動くのを抑えたい場面に向いています。

さらに、全車に販売店装着オプションとして設定されるラゲージソフトトレイは、滑り止め、撥水、防水加工が施されています。

濡れたアウトドア用品や雨具などを積む機会が多い人には、荷室を汚れや傷から守りやすい装備です。

ここまで見ると、ヤリスクロスの荷室は「ただ箱が広い」のではなく、載せる・開ける・固定する・汚れを防ぐという一連の使い方まで考えられているのが分かります。


ヤリスクロス荷室をヤリス・ライズと比べると広い?

荷室の実用性を知るには、近いサイズの車と比べると分かりやすくなります。

ウエインズトヨタ神奈川が紹介している最大時の荷室寸法では、ヤリスクロスは荷室長820mm、荷室幅1,400mm、荷室高850mmです。

ヤリスは荷室長630mm、幅1,000mm、高さ830mm。アクアは長さ656mm、幅1,153mm、高さ824mmとされています。

ヤリスと比べると、ヤリスクロスは荷室長で190mm、幅で400mm大きい計算です。

SUV化によってボディが大きくなった分が、しっかり荷室の余裕につながっています。

ライズは荷室長755mm、幅1,240mm、高さ1,105mmと紹介されています。

つまり、ヤリスクロスはライズより荷室の奥行きと幅で優位ですが、高さではライズのほうが余裕があります。

これは面白い違いです。

横に広く荷物を並べたいならヤリスクロス、高さのある荷物を重視するならライズも比較候補になります。

単純に「何Lだからこちらが上」と決めるより、自分が普段何を載せるかで評価したほうが失敗しにくいでしょう。

たとえば、スーツケースを横並びにしたい人と、背の高いキャンプ用品を立てて積みたい人では、理想的な荷室形状は違います。

個人的には、この「容量より形を見る」という視点が、ヤリスクロスの荷室を検討するときにかなり重要だと考えています。


ヤリスクロスの荷室に弱点はある?使い方によっては限界も

ヤリスクロスの荷室は使いやすい一方、万能ではありません。

まず、5名乗車時の荷室長は820mmです。

日常の買い物や一般的な旅行用品なら使いやすいものの、キャンプ用品一式や大型スーツケースを複数積みたい場合には、荷物の量次第で後席を倒す必要が出てきます。

CAR Field JAPANの記事でも、ヤリスクロスは日常の買い物や小旅行には十分な荷室を備える一方、キャンプ道具一式や大型スーツケース複数、長尺物などでは奥行きや床面の制約を感じる場合があると指摘されています。

この評価は、ヤリスクロスの車格を考えると不思議ではありません。

全長は通常グレードで4,180mm、全幅1,765mmという扱いやすさを維持しているため、ミドルサイズSUVのような巨大な荷室まで求めるのは難しいからです。

つまりヤリスクロスの良さは、「何でも大量に積める」ことではありません。

車体を大きくしすぎず、日常生活で必要になりやすい荷物をうまく載せられるバランスにあります。

もう一つ確認したいのが、後席を使う頻度です。

4人家族で常に後席2席を使うなら、中央だけ倒せる4:2:4分割は非常に便利です。一方、5人フル乗車が多い家庭では、後席を倒せないため、基本の820mmの荷室奥行きだけで足りるか確認する必要があります。

購入前には、普段使うスーツケース、ベビーカー、キャンプ用品などの実寸を測っておくと安心です。

できれば販売店で実車の荷室に載せられるか確認するのが確実でしょう。

カタログの371Lや390Lという数字を見るより、自分が一番よく使う荷物が入るかどうかを確認するほうが、購入後の満足度には直結します。


ヤリスクロスの荷室をどう評価する?コスパ重視なら実用性は高い

筆者としては、ヤリスクロスの荷室はコンパクトSUVとしてかなりバランスが良いと評価しています。

特に良いと感じるのは、荷室そのものをむやみに巨大化するのではなく、デッキボードや分割可倒式シートによって使い方を変えられるところです。

日常では後席を立てた状態で使い、荷物が増えたときだけ空間を広げる。長尺物なら中央席だけ倒す。

こうした「必要なときだけ広くする」という考え方は、日本の道路や駐車場で使うコンパクトSUVと相性がいいと思います。

車を大きくすれば荷室は広くできます。

しかし、全長や全幅が大きくなれば、狭い駐車場や住宅街では扱いにくくなります。

ヤリスクロスは全幅1,765mmなので5ナンバーサイズではありませんが、全長は4.2m前後に収まっています。

このサイズで5名乗車時の荷室長820mm、最大幅1,400mmを確保している点には、実用車としての工夫を感じます。

一方、キャンプ用品を毎週大量に積む人、自転車を分解せず頻繁に載せる人、家族5人で大型荷物を持って長期旅行する人なら、さらに大きなSUVやミニバンのほうが向いているでしょう。

ヤリスクロスを選ぶうえでは、「最大積載量を求める車ではない」という線引きをしておくことも大切です。

逆に、普段はスーパーやホームセンターへの買い物が中心で、年に数回旅行やアウトドアに出掛ける程度なら、ヤリスクロスの荷室はかなり現実的です。

私なら、荷室の広さだけを理由に上のクラスへ車格を上げる前に、ヤリスクロスの4:2:4分割シートとアジャスタブルデッキボードで本当に不足するのかを一度考えます。

車体価格だけでなく、タイヤや燃料、取り回しまで含めれば、必要以上に大きなSUVを選ばないこともコスパの良い車選びにつながるからです。


まとめ

ヤリスクロスの荷室は、荷室長820mm、最大幅1,400mmを確保し、デッキボード下段時には高さ850mmまで使えるなど、日常から旅行まで対応しやすい設計です。

荷室容量は条件によって371Lまたは390Lと紹介されていますが、実際の使いやすさを見るなら容量だけでなく、6:4分割アジャスタブルデッキボードや4:2:4分割可倒式リヤシートにも注目したいところです。

後席中央だけを倒して長尺物を積んだり、後席全体を倒して大きな荷物に対応したりできるため、コンパクトSUVながら積載方法の自由度があります。

ハンズフリーパワーバックドアやフレックスベルト、ラゲージソフトトレイなど、荷物を積む場面を助ける装備も用意されています。

一方で、大型スーツケースを複数載せる旅行や本格的なキャンプでは、後席を倒さなければ足りないケースも考えられます。

ヤリスクロスの荷室は「とにかく大容量」というより、限られた車体サイズを賢く使える荷室です。

街中で扱いやすいコンパクトSUVが欲しいけれど、買い物や旅行で荷物にも困りたくない。そのような人には、かなりバランスの取れた選択肢だと私は考えます。


よくある質問

ヤリスクロスの荷室容量は何Lですか?

条件によって表記が異なります。資料では、2WDデッキボード非装着車で371L、別の条件ではデッキアンダートレイを含め390Lと紹介されています。

容量だけでなく、荷室長820mm、最大幅1,400mmという実寸も合わせて確認するのがおすすめです。

ヤリスクロスは後席を倒さずにスーツケースを積めますか?

一般的なスーツケースなら積みやすい荷室です。KINTOでは66cm×43cm×26cmのスーツケースを横置きした例も紹介されています。

ただし、大型スーツケースを複数積む場合はサイズや個数によって後席を倒す必要があります。

ヤリスクロスは長い荷物も積めますか?

4:2:4分割可倒式リヤシートを装備する仕様では、後席中央だけを倒して長尺物を荷室から通すことができます。

左右の後席を残せるため、長尺物を積みながら4人乗車できるのがメリットです。

ソロ(そろ)/新車・カーライフ愛好家

ホンダ アコード クーペ新型は登場する?最新動向と今後を考察

流麗な2ドアクーペと現行大型セダンを並べ、新型アコードクーペの可能性をイメージしたシーン

ホンダ アコード クーペ新型について、現時点で日本向け復活の公式発表はありません。現行アコードは4ドアセダンに集中しており、新型クーペ登場を期待するならホンダの商品展開を冷静に見る必要があります。

かつて日本でも販売されたホンダ アコード クーペは、アメリカで開発・生産された独特の成り立ちを持つ2ドアモデルでした。現在は中古車でしか手に入らないため、「アコードクーペの新型は出ないのか」と気になっている方も多いのではないでしょうか。

この記事では、2026年7月30日に一部改良された現行アコードの状況と、歴代アコードクーペの特徴を整理しながら、新型アコードクーペ登場の可能性を考えていきます。

ホンダ アコード クーペ新型は登場する?現在の公式情報

まず結論から言えば、今回の元資料の範囲では、ホンダから日本向け新型アコードクーペの発売は発表されていません。

ホンダ公式サイトで現在案内されているアコードは4ドアセダンです。2026年7月30日には「ACCORD」の一部改良が発表されていますが、クーペ追加についての記載はありません。

現行アコードの全国メーカー希望小売価格は、消費税込みで595万1,000円〜635万1,400円。SPORTS eを採用し、走行性能だけでなくHonda CONNECTや先進安全装備などを充実させた、ホンダの上級セダンという位置づけになっています。

公式ではスタイリングについて、流麗なシルエットを持つフォーマルなデザインを特徴としており、室内も水平基調で統一された上質な空間を目指しています。

つまり現在のアコードは、「クーペを加えてボディタイプを広げる」というより、上質な大型セダンとして商品価値を磨く方向が明確です。

ここは新型アコードクーペを期待する人にとって重要なポイントでしょう。単に「まだ発表されていない」というだけでなく、現行車の商品構成そのものが4ドアセダンを中心に組み立てられているからです。

一方で、アコードという名前自体が消えたわけではありません。

2026年にも一部改良が実施されていることを考えると、少なくともホンダがアコードを現在進行形の商品として扱っていることは確認できます。クーペ復活とは別の話ですが、「アコード」というブランドが継続している点は押さえておきたいところです。


アコードクーペとは?日本でも販売された2ドアモデル

アコードクーペを知らない世代の方にとっては、「そもそも本当にアコードに2ドアがあったの?」と思うかもしれません。

実際に日本でもアコードクーペは販売されていました。

資料によると、1988年4月発売モデルが確認でき、その後1990年代にも日本市場で展開されています。とくに1990年モデル以降は、米国の研究開発部門であるホンダR&Dノースアメリカ(HRA)が中心となって開発し、米国のホンダ・オブ・アメリカ・マニュファクチャリング(HAM)で生産された車両を日本へ輸入していました。

これは現在振り返るとなかなか面白い成り立ちです。

日本メーカーの車でありながら、北米で企画・開発・生産されたアメリカ色の強いクーペを日本へ持ち込む。アコードクーペは、単なるセダンの2ドア版というより、北米市場で育ったアコード文化を日本で味わえるモデルだったと言えます。

1990年4月発売モデルでは、従来型より全長や全高、ホイールベースを拡大し、2ドアながら開放感のある居住空間を確保。2.0L直列4気筒DOHCエンジンは最高出力150PSを発生しました。

グレードは「2.0Si」と「2.0Siエクスクルーシブ」が用意され、エクスクルーシブにはガラスサンルーフ、BOSE製オーディオ、本革シート、アルミホイール、トランクスポイラーなどを標準装備していました。

さらに左ハンドル仕様も存在しました。

国産車なのに左ハンドルを選べるという点は、現在の日本車ではかなり珍しく感じます。アコードクーペが単なる実用車ではなく、「アメリカンテイストを楽しむ車」として売られていたことがよく分かります。

1991年7月には「ブラックリミテッド」も登場し、全国200台限定で販売されました。こうした特別仕様車の存在からも、当時のアコードクーペが趣味性の高いモデルだったことが見えてきます。


1990年代のアコードクーペはどんな車だった?

アコードクーペは世代を重ねながら、より上質でスポーティな方向へ進化しました。

1992年2月には2.0Lモデルに加え、北米仕様と同系統のF22A型2.2L SOHCエンジンを搭載した「2.2iエクスクルーシブ」が追加されています。

2.0L DOHCは最高出力150PS、2.2L SOHCは最高出力140PS。数字だけを見ると2.0Lのほうが高出力ですが、2.2Lは低回転寄りの設定とされており、クーペでありながら快適に走るグランドツアラー的な性格も持っていました。

そして1994年3月発売モデルでは、2.2L VTECとDOHC VTECを採用。

「2.2 Vi」は145馬力、「SiR」は190馬力を発生し、4輪ダブルウイッシュボーンサスペンションとFFを組み合わせていました。

1996年1月モデルを見ると、2.2 Vi左ハンドル仕様車は新車時211万6,000円、右ハンドル仕様車は216万8,000円、SiRは269万8,000円です。

ボディサイズは全長4,715mm、全幅1,780mm、全高1,390mm。現代の基準でも極端に小さいクーペではなく、5人乗りの実用性も備えていました。

SiRにはホンダBOSEスペシャルサウンドシステム、充電機能付きキーレスエントリー、ガラスサンルーフなども装備されています。

この歴史を振り返ると、アコードクーペの本質は「軽量な本格スポーツカー」ではありません。

セダンの快適性や上質さを残しながら、2ドアならではのスタイルを楽しめる大人向けクーペだったと見るのが自然です。

私はここが、もし将来アコードクーペを復活させるなら重要になると考えています。

シビック タイプRのように速さを前面に出すのではなく、アコードらしい静粛性や長距離での快適性と、美しい2ドアデザインを組み合わせる。そのほうが歴代モデルのキャラクターには合っています。


現行アコードから新型クーペを作る可能性はある?

現在のアコードには、新型クーペを想像したくなる要素もあります。

現行11代目アコードは、資料では全長4,975mm、全幅1,860mm、全高1,450mmとされる大柄なセダンです。2.0Lエンジンとモーターを組み合わせたeを採用し、環境性能と走行性能を両立しています。

ホンダ公式も「SPORTS e」でアコードらしい上質な走りをアピールしており、コネクテッド機能としてHonda CONNECTも搭載しています。

つまり、もし現代版アコードクーペを作ると仮定すれば、素材そのものはかなり魅力的です。

低く流れるような2ドアボディにeを組み合わせれば、昔のアコードクーペが持っていた「上質な日常車」と「ちょっと特別なクーペ」という二面性を、現代流に再現できる可能性があります。

ただし、ここから先はあくまで私見です。

現在のホンダの商品ラインアップを見る限り、アコードクーペを追加する必然性はそれほど高くないと私は考えます。

クーペはセダンやSUVほど幅広いユーザーを取り込みにくく、専用ボディを用意すれば開発や生産面の負担も増えます。

しかも現在のアコードは595万円台から始まる上級モデルです。仮にクーペ化して専用装備などを加えれば、セダンより安く設定するとは考えにくく、かなり高価格な2ドア車になる可能性があります。

「欲しい」と感じる人はいても、実際にまとまった販売台数を確保できるかは別問題です。

車好きとしては夢がありますが、コスパを重視して商品企画を見ると、簡単な復活ではないでしょう。


プレリュードの存在はアコードクーペ新型にどう影響する?

新型アコードクーペを考えるうえで、ホンダのスポーティモデルとの役割分担も重要です。

元資料のホンダ公式ユーザー投稿には、プレリュードの発売を待ちながらアコードを知り、そのデザインに惹かれたという声も掲載されています。

これは興味深い点です。

ユーザーにとって「流麗なホンダ車に乗りたい」という需要は、必ずしもアコードクーペという車名だけに向かうわけではありません。魅力的なスポーティモデルが別に存在すれば、メーカーとしてはそこで需要を受け止めることもできます。

アコードクーペが日本で存在感を持っていた時代と違い、現在は車種ごとの役割をより明確にする必要があります。

そのため仮にホンダが2ドア系の商品を強化するとしても、それが必ず「アコードクーペ」という名前になるとは限りません。

ここが復活を予想する際の落とし穴だと思います。

「ホンダに2ドア車の需要がある」ことと、「アコードクーペを復活させる」ことは同じではありません。

アコードは現在、上質なセダンとしてHonda SENSINGやHonda CONNECT、eなどを組み合わせる方向へ進化しています。一方、趣味性の高いモデルは別の商品名で展開するほうが、ブランド内で役割を整理しやすいでしょう。

したがって、新型アコードクーペを待っている人は、アコードだけでなくホンダのスポーティモデル全体の動きを見る必要があると考えます。


アコードクーペ中古車が注目される理由は?

新型が存在しない現在、実際にアコードクーペへ乗る方法は基本的に中古車を探すことになります。

参考資料では、アコードクーペの歴代中古車相場として65万円〜280万円、掲載台数は5台とされています。

掲載例には、1994年式「2.2 Vi」が車両価格259万円、1995年式「2.2 SiR」が280万円、1996年式「2.2 SiR」が65万円などがあります。

ただし中古車価格や在庫は常に変化するため、これらは資料掲載時点の参考値として見るべきです。実際に購入を検討する場合は最新の在庫と価格を確認してください。

注目したいのは、30年前後前の車両でありながら200万円台の個体も掲載されていることです。

これは必ずしも「相場が高騰している」と断定できる材料ではありませんが、状態や希少性によっては単なる古い中古車として扱われていないことを示しています。

左ハンドルの2.2 Vi、DOHC VTECを搭載したSiR、サンルーフやBOSEオーディオを持つ上級仕様など、現在では再現しにくい個性があります。

新型車なら保証や安全装備、燃費性能で圧倒的に有利ですが、旧アコードクーペには「今の新車では買えない雰囲気」という価値があります。

ただ、私は中古アコードクーペを万人におすすめできる車だとは考えていません。

年式が古いため、購入価格だけで判断するのは危険です。部品の確保やゴム類・電装系の劣化、整備履歴など、新しい中古車とは違う視点で確認する必要があります。

「新型が出ないから古いアコードクーペを買おう」と単純に考えるより、維持まで含めた総額で判断するのが賢いでしょう。


新型アコードクーペ復活の可能性をどう見る?

ここからは、確認できた事実を踏まえた私の考察です。

個人的には、近い将来に日本向けアコードクーペが当然のように追加される、と期待しすぎないほうがよいと考えています。

最大の理由は、2026年7月30日にアコードの一部改良が行われた現在も、公式の商品構成がセダンに集中していることです。

もしクーペ投入が商品計画上の重要な柱であれば、モデル展開や関連情報に何らかの動きが出てくる可能性があります。しかし今回与えられた公式情報からは、その兆候を確認できません。

さらに現行アコードは595万1,000円〜635万1,400円という価格帯です。

歴代アコードクーペは1996年の2.2 Viが211万6,000円から、SiRでも269万8,000円でした。もちろん約30年前とは物価も安全・環境性能も違うため単純比較はできませんが、現在のアコードはかつてより明確に上級車へ移っています。

この状況でクーペを追加すれば、「手の届きやすいスタイリッシュな2ドア」という昔の役割とは違い、かなり高価なスペシャリティモデルになるでしょう。

それでも、私はアコードクーペという考え方自体は今でも魅力があると思います。

現在はSUVが主流だからこそ、低い着座位置、長いボディ、流れるようなルーフラインを持つクーペは強い個性になります。

しかもアコードなら、後席を完全に割り切ったスポーツカーではなく、長距離移動も楽しめる快適な2ドアにできます。

もし復活するなら、昔のクーペをそのまま再現するより、現行eの滑らかさと静粛性、Honda CONNECT、安全運転支援技術を生かした「電動グランドツアラー」のような方向が似合うのではないでしょうか。

速さだけを競う車ではなく、遠くまで楽に走れて、駐車場で振り返りたくなるデザインを持つ。そんな車なら、アコードの名前を使う意味も生まれます。

一方で、ビジネスとして成立するかは別です。

そのため今後注目したいのは、単純な「アコードクーペ発売」の噂よりも、ホンダがセダンやクーペ、スポーティモデルを今後どの程度残していくのかという大きな商品戦略です。

アコードクーペ復活の可能性を見るなら、新型アコードの改良情報だけでなく、ホンダの2ドア車や北米向けモデルの展開を合わせて追うほうが現実的でしょう。


まとめ|ホンダ アコード クーペ新型は現時点で公式発表なし

ホンダ アコード クーペ新型について、今回確認できる資料には日本発売を示す公式発表はありません。

現行アコードは2026年7月30日に一部改良され、価格は595万1,000円〜635万1,400円。eやHonda CONNECT、先進安全技術を備えた4ドアセダンとして展開されています。

一方、歴代アコードクーペは米国のHRAが中心となって開発し、HAMで生産された車両を日本へ輸入するという個性的なモデルでした。1990年代には左ハンドル仕様、BOSEオーディオ、本革シート、ガラスサンルーフ、190馬力のSiRなど、現在見ても魅力的な仕様が存在しています。

個人的には、現行アコードをベースにした上質なeクーペを見てみたい気持ちはあります。

ただし商品構成や価格帯を考えると、新型アコードクーペが近いうちに登場すると断定できる材料はありません。期待するなら噂だけに振り回されず、ホンダ公式の商品発表を確認しながら待つのが最も確実です。


よくある質問

ホンダ アコード クーペ新型の発売日は決まっていますか?

今回確認できる資料では、新型アコードクーペの日本発売日や発売予定は発表されていません。2026年7月30日に現行アコードの一部改良が発表されていますが、クーペ追加の情報はありません。

アコードクーペは以前日本で販売されていましたか?

はい。1980年代末から1990年代にかけて日本でも販売され、米国で開発・生産された車両が輸入されていました。1990年代には右ハンドルだけでなく左ハンドル仕様も用意されています。

今アコードクーペを購入することはできますか?

新車ではなく、中古車として探す形になります。参考資料では65万円〜280万円の掲載例がありますが、年式が古く在庫も少ないため、購入時は価格だけでなく整備履歴や車両状態、今後の維持費まで確認することが重要です。

ソロ(そろ)/新車・カーライフ愛好家

初代ホンダ アコード インスパイアとは?AX-iから中古車まで徹底解説

1989年頃の上級4ドアハードトップをイメージした初代ホンダ アコード インスパイアと直列5気筒エンジンの雰囲気

初代ホンダ アコード インスパイアは、1989年に登場した直列5気筒+FFミッドシップを特徴とする上級4ドアハードトップで、現在は中古車の流通台数が少ない希少なモデルです。

なかでも上級グレードのAX-iは、本木目パネルやパワーシートなど当時としては豪華な装備を持ち、中古車では100万円台から200万円を超える車両まで見られるようになっています。

初代ホンダ アコード インスパイアとは?1989年に登場した上級ハードトップ

初代ホンダ アコード インスパイアは、1989年10月12日に「アコード インスパイア」として登場した4ドアハードトップです。型式はCB5で、同年に登場した4代目アコードから約1か月遅れて発売されました。

ホンダ公式の当時のプレス資料では、「新しい感性で時代をリードする大人のための、新世代上級ハードトップ」と位置付けられています。

「INSPIRE」という名前には、英語で「ひらめきを与える」「感動させる」といった意味があり、ホンダは「今までにない新しい走りを予感させるクルマ」として命名したと説明しています。

初代の姉妹車には3代目ビガーがありました。

アコードより上、レジェンドより下というポジションを狙ったモデルで、1980年代後半のバブル景気を背景に人気を集めていた上級セダン市場へ投入されています。

私はここが初代アコード インスパイアを理解するうえで大事だと思います。

単純に「アコードを豪華にした車」ではなく、アコードとレジェンドの間に新しい市場をつくろうとしたモデルだったのです。

当時のホンダは1985年からオースチン・ローバー・グループとレジェンド/ローバー800を共同開発していました。その一方で、アコードから一気にレジェンドへ上がると車格や価格の差が大きく、その間を埋める存在が必要になっていました。

そこで誕生したのがアコード インスパイアです。

ボディは4ドアのピラードハードトップで、低い全高と長いホイールベースを生かした伸びやかなスタイルを採用しました。

初期の5ナンバー仕様は全長4,690mm、全幅1,695mm、全高1,355mm、ホイールベース2,805mm。1990年8月時点のAX-iは車両重量1,330kgでした。

現在のクルマと比較すると全幅1.7m未満に収められていますが、ホイールベースは2.8mを超えています。

つまり、横方向に大きくするのではなく、前後方向をゆったり使って上級感を演出したプロポーションだったわけです。

ロングホイールベースとショートオーバーハングを組み合わせた薄く長いスタイルは、現在中古車情報のレビューでも高く評価されるポイントです。「このころのホンダのデザインが好き」「今見ても目がいく」といった趣旨の評価が見られるのも、この独特な姿が理由でしょう。


初代ホンダ アコード インスパイアの最大の特徴は直列5気筒とFFミッドシップ

初代ホンダ アコード インスパイアを語るなら、避けて通れないのが縦置き直列5気筒エンジンとFFミッドシップ・レイアウトです。

一般的なFF車では、エンジンを車体前部に横向きに搭載する方式が多く使われています。

ところがアコード インスパイアでは直列5気筒エンジンを縦置きにしました。

ホンダはこれを「FFミッドシップ」と呼んでいました。

もちろん、一般的なスポーツカーのようにエンジンを座席の後ろへ搭載するミッドシップではありません。前輪駆動のまま、重量物の配置を工夫することで前後重量配分や走行感覚を追求した独自の仕組みです。

エンジン横にディファレンシャルギアを配置する関係から、ドライブシャフトがオイルパンを貫通するという非常に特徴的な構造になっていました。

搭載されたのは専用設計のG20A型2.0L直列5気筒と、後に加わったG25A型2.5L直列5気筒です。

1990年8月時点の2.0 AX-iでは、G20A型の水冷直列5気筒SOHC20バルブを搭載。排気量は1,996cc、最高出力160ps/6,700rpm、最大トルク19.0kg・m(186.3N・m)/4,000rpmでした。

使用燃料は無鉛レギュラーガソリンです。

この「5気筒」という数字が面白いところです。

4気筒より滑らかさや上級感を狙いやすく、一方で6気筒よりコンパクトにまとめられる。その中間的なキャラクターを、アコードとレジェンドの中間に位置する車へ使ったところにホンダらしさを感じます。

トランスミッションは4速ATが中心ですが、2.0Lには5速MTも設定されていました。

足回りには前後ともダブルウィッシュボーン式サスペンションを採用しています。

ホンダ公式も当時、「4輪ダブルウイッシュボーン・サスペンションが支えるゆたかな走りと快適な乗り心地」を特徴として掲げていました。

1990年8月のAX-iでは、前後205/55R15タイヤを装着。フロントブレーキはベンチレーテッドディスク、リアもディスク式で、最小回転半径は5.5mです。

スペックだけを並べれば、現在の2.0Lターボ車やハイブリッド車の数字には及びません。

しかし、このクルマの価値は最高出力の大きさだけではないでしょう。

直列5気筒を縦置きし、それを前輪駆動で成立させ、さらに前後ダブルウィッシュボーンを組み合わせる。今の量産車ではほとんど見られない設計思想そのものが、初代アコード インスパイアの魅力だと私は考えます。


ホンダ アコード インスパイア AX-iは何が違う?最上級グレードの装備を確認

初代アコード インスパイアの主なグレードは、上位からAX-i、AG-i、AZ-iの3種類でした。

なかでも検索されることが多い「ホンダ アコード インスパイア AX-i」は、シリーズの最上級グレードに位置します。

1990年8月時点のAX-iの新車価格は258万5,000円でした。

同時期のグレードを見ると、AZ-iの5速MTが194万円、4速ATが203万5,000円、AG-iの5速MTが218万9,000円、4速ATが228万4,000円でした。

価格差を見るだけでもAX-iが豪華仕様だったことが分かります。

主な仕様を整理すると次のようになります。

項目 2.0 AX-i(1990年8月)
型式 E-CB5
エンジン G20A 直列5気筒SOHC20バルブ
排気量 1,996cc
最高出力 160ps/6,700rpm
最大トルク 19.0kg・m/4,000rpm
駆動方式 FF
変速機 4速AT
全長×全幅×全高 4,690×1,695×1,355mm
ホイールベース 2,805mm
車両重量 1,330kg
乗車定員 5人
10モード/10・15モード燃費 9.3km/L
燃料タンク 65L

AX-iではフルオートエアコン、パワーウインドウ、集中ドアロック、クルーズコントロール、運転席パワーシート、15インチアルミホイールなどを備えていました。

サンルーフや本革シート、運転席SRSエアバッグなどは仕様によってオプション設定されていました。

安全面ではABSやトラクションコントロールも設定されています。

そして、今あらためて注目したいのが内装です。

AX-iとAG-iには天童木工製の本木目パネルが採用され、AX-iでは北米産ミルトルの玉杢、AG-iでは西アフリカ産ゼブラの柾目が使われていました。

現代の車では木目「調」の樹脂パネルが珍しくありませんが、当時のアコード インスパイアでは本物の木を使っています。

ここは単純なスペック表では伝わりにくい魅力です。

個人的には、初代アコード インスパイアを「高級車だったか」という視点だけで見るより、限られたサイズの中で素材とメカニズムにお金を使った上級車として見ると、その個性がより分かりやすいと思います。


初代アコード インスパイアは途中でどう進化した?

初代アコード インスパイアは1989年の登場後、安全装備や快適装備を段階的に充実させていきました。

1990年8月には、全車でリア3点式ELRシートベルトを標準化。2段モーションオートアンテナ、クルーズコントロール、電動格納式ドアミラーも装着グレードが拡大されました。

1991年5月にはハイマウントストップランプとシートベルトウォーニングを標準化し、TCS、運転席エアバッグ、ABSを全車にオプション設定しました。

1991年9月には特別仕様車「リミテッド」が設定されています。

そして大きな転機となったのが1992年1月30日です。

全長を140mm、全幅を80mm拡大した3ナンバーサイズの「インスパイア」が登場しました。

型式は2.5LがCC2、2.0LがCC3です。

全幅は最大1,775mm、全長は最大4,830mmとなり、より堂々としたボディへ進化しました。

一方で5ナンバーのアコード インスパイアもすぐになくなったわけではなく、モデルチェンジまで併売されました。

1992年4月にはアコード インスパイアに「スペシャルエディション」を設定。

1993年2月にはAG-iをベースとした特別仕様車「F-ステージ」が登場し、オートエアコンやボディ同色電動格納式ドアミラー、ダーク仕上げの本木目ゼブラパネルなどを装備しました。

1994年1月には25Giをベースとした「グランドステージ」も設定されています。

1995年1月に生産を終え、在庫販売を経て同年4月に販売終了しました。

その後の2代目では「アコード」の名が外れ、車名は単独の「インスパイア」になります。

つまり「アコード インスパイア」という名称自体が、初代を象徴するものなのです。

初代インスパイア系の新車登録台数は、販売終了前月までの累計で20万3,787台とされています。

歴代インスパイアの中でも初代が最も多く販売されたモデルでした。

約20万台売れたクルマなのに、今の中古車市場では数台しか見つからない。

この落差こそ、現在のアコード インスパイアが単なる「昔の中古セダン」ではなく、ネオクラシックカーとして見られ始めている理由の一つだと思います。


ホンダ アコード インスパイアの中古車はいくら?流通台数はかなり少ない

現在、初代ホンダ アコード インスパイアの中古車はかなり希少です。

今回の元資料では、大手中古車サイトの掲載台数は3〜4台程度となっていました。

中古車サイトによって集計時点や掲載条件が異なるため数字には差がありますが、「いつでも何十台から選べる車ではない」という点は共通しています。

ある中古車情報では平均価格156.9万円、価格帯97.4万〜218万円。

別の中古車情報では平均価格103.7万円、価格帯97.4万〜220万円とされています。

さらに別画面では中古平均価格110万円と表示されていました。

価格がサイトによって大きく違って見えるのは、そもそもの掲載台数が非常に少ないからです。

3台や4台しかない市場では、高価格のレストア車が1台追加されただけでも平均価格は大きく動きます。

そのため、初代アコード インスパイアは「平均相場」だけで判断しにくい中古車だと考えたほうがよいでしょう。

実際の掲載例を見ると、1989年式2.0 AX-i、走行10.5万kmの車両は本体価格97.4万円、支払総額141.9万円で掲載されていました。

この車両はG20A型直列5気筒、1,996cc、CB5、FF、4速ATという仕様です。

一方、1991年式の2.0 AX-iでレザーシート、サンルーフ、リアスポイラーを装備し、レストア渡しとされた車両は本体価格220万円、支払総額243.8万円でした。

1991年式AX-iで走行12.6万km、エクセーヌシートとスモークドガラスサンルーフを備える車両が本体価格168万円で掲載された例もあります。

また、1993年式AG-i、走行約5万kmのフルオリジナル車では、本体価格218万円、支払総額237.2万円という例も確認できます。

1994年式AG-iでは本体価格110万円、支払総額119.1万円という掲載例もありました。

こうして見ると、同じ初代でも100万円前後から200万円を超える車両まで価格差があります。

これは年式や走行距離だけでは説明できません。

  • オリジナル状態がどこまで保たれているか
  • 内外装の程度
  • 修復歴
  • サンルーフや本革などの装備
  • AX-i、AG-iなどのグレード
  • 整備履歴
  • レストア内容
  • 希少部品の状態

こうした条件の影響が非常に大きいと考えられます。

30年以上前の車になるため、「走行距離が少ない=安心」と単純には判断できません。

ゴム類、樹脂類、電装品、エアコン、シール類などは、走行していなくても時間によって劣化します。

逆に走行距離が多少多くても、長期間にわたって適切に整備されてきた車両のほうが購入後の安心につながる場合もあります。

ここは現代の3〜5年落ち中古車を選ぶ感覚とはかなり違うところです。


初代アコード インスパイアの中古車を買うならAX-iだけにこだわるべき?

AX-iは最上級グレードなので、初代アコード インスパイアを探す人にとって魅力的な存在です。

本木目パネルやパワーシート、クルーズコントロールなど、当時のホンダが考えた上級車らしさを味わいやすいからです。

一方、中古車として購入するなら、私はAX-iというグレード名だけで決めないほうがよいと考えます。

理由は単純で、現在は絶対的な流通台数が少ないからです。

欲しい色、年式、グレード、走行距離、装備をすべて指定すると、該当車がほとんどなくなってしまいます。

仮に状態の微妙なAX-iと、丁寧に維持されたAG-iが同時に出てきたなら、実用的にはAG-iを選ぶほうが満足できる可能性があります。

特に旧車の場合、購入価格だけを見て「安い」と判断するのはおすすめしにくいです。

現代車と違って、故障した部品をディーラーへ持ち込めば必ず新品部品ですぐ直るとは限りません。

純正部品が手に入りにくい場合、リビルト品、中古部品、修理対応などを検討する必要があります。

そのため中古車選びでは、車両そのものに加えて販売店が旧車やネオクラシックカーに慣れているかも重要な判断材料になります。

ここは、価格表には出てこない「見えない装備」だと私は思っています。

購入前には、エンジン始動時の状態、ATの変速、エアコン、パワーウインドウ、電動ミラー、パワーシート、サンルーフなどの電装系もできるだけ確認したいところです。

修復歴についても、単に「あり・なし」だけで判断せず、どの部分をどの程度修理したのか確認したほうが安心です。

中古車価格や在庫は日々変動するため、購入時点の最新情報は各販売店や中古車情報サイトで確認してください。


なぜ初代ホンダ アコード インスパイアは今でも注目されるのか?私の考察

初代アコード インスパイアを現在の基準だけで評価すると、不便なところは当然あります。

先進運転支援システムも現代的なディスプレイオーディオもなく、燃費も1990年8月のAX-iで10モード/10・15モード9.3km/Lです。

30年以上前の車ですから、維持にも現行車以上の手間がかかるでしょう。

それでも中古車価格が100万円を超え、状態によって200万円以上の価格が付く個体が存在します。

私は、この価値の中心にあるのは「速さ」ではなく、現代では再現しにくい設計と雰囲気の組み合わせだと考えています。

縦置きの直列5気筒。

FFミッドシップ。

前後ダブルウィッシュボーン。

低く長い4ドアハードトップ。

天童木工による本木目パネル。

これらをすべて持った新車を、今の市場で探すことはほぼできません。

現代のクルマは、安全性、燃費、室内空間、環境性能、コネクティッド機能など、総合性能では圧倒的に進歩しています。

一方で効率を高めれば高めるほど、メーカーごとの特殊なメカニズムは採用しにくくなります。

その意味でアコード インスパイアは、ホンダが「FFの上級車をどう作るか」に真正面から挑戦していた時代を形にしたクルマといえるでしょう。

特に興味深いのは、新車価格との関係です。

1990年8月のAX-iは258万5,000円でした。

30年以上経った現在、状態の良いAX-iに200万円を超える中古価格が付く例があります。

もちろん貨幣価値も物価も違うため、新車価格と現在の中古価格を単純比較することはできません。

それでも「古くなれば必ず安くなる」という通常の中古車とは違う段階に入りつつあることは分かります。

流通量がさらに減れば、良質なフルオリジナル車や状態の良いAX-iは、これまで以上に探しにくくなる可能性があります。

ただし、ここで「今後必ず値上がりする」と考えるのは危険です。

中古車価格は需要だけでなく、車両状態、部品供給、維持費、景気、旧車人気など多くの条件で変動します。

投資目的ではなく、このデザイン、この5気筒、この時代のホンダが本当に好きかで選ぶべきクルマだと私は感じます。

コスパを重視する私の目線では、日常の移動手段だけが目的なら現行のコンパクトカーやハイブリッド車のほうが圧倒的に合理的です。

それでもアコード インスパイアを選ぶ理由があるとすれば、合理性では測れない設計思想そのものを所有できる点でしょう。

「昔欲しかった」という人にとっては思い出の一台。

若い世代にとっては、今のホンダ車とはまったく違う時代の設計を体験できる一台です。

同じクルマでも、世代によって惹かれる理由が違う。この点も初代アコード インスパイアが今なお面白い存在である理由だと思います。


まとめ|初代ホンダ アコード インスパイアはAX-iを中心に再評価される希少車

初代ホンダ アコード インスパイアは、1989年10月に登場したアコードとレジェンドの間を埋める上級4ドアハードトップです。

G20A型2.0LやG25A型2.5Lの直列5気筒エンジンを縦置きし、FFミッドシップと前後ダブルウィッシュボーンを組み合わせた、現在では非常に珍しい設計を採用していました。

なかでもAX-iはシリーズの上級グレードで、1990年8月時点の新車価格は258万5,000円。本木目パネル、パワーシート、クルーズコントロールなど、当時らしい上級装備を備えていました。

中古車は現在かなり少なく、元資料では大手サイトで3〜4台程度の掲載にとどまっています。

価格も100万円前後から200万円超まで幅があり、AX-iかどうかだけでなく、内外装、整備履歴、修復歴、オリジナル度、電装品の状態などを含めて判断することが重要です。

初代アコード インスパイアは、単なる古い高級セダンではありません。

直列5気筒、FFミッドシップ、本木目、低く伸びやかなハードトップという、当時のホンダならではの発想を一台に詰め込んだモデルです。

中古車として気軽に買える存在ではなくなりましたが、だからこそ程度の良い一台に出会ったときは、価格だけではなく「この個体を今後きちんと維持できるか」という視点まで含めて選びたいところです。


よくある質問

初代ホンダ アコード インスパイアは何年式ですか?

アコード インスパイアは1989年10月に登場し、1995年1月に生産終了、同年4月に在庫販売を終えました。初期型の型式はCB5です。

1992年にはボディを拡大した3ナンバーの「インスパイア」も追加され、2.5LがCC2、2.0LがCC3となりました。

ホンダ アコード インスパイア AX-iはどんなグレードですか?

AX-iは初代アコード インスパイアの上級グレードです。

1990年8月時点では2.0L直列5気筒G20A型、4速ATを搭載し、フルオートエアコン、クルーズコントロール、運転席パワーシート、本木目パネル、15インチアルミホイールなどを装備していました。新車価格は258万5,000円です。

ホンダ アコード インスパイアの中古車はいくらですか?

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日産GT-Rは復活する?生産終了後に示された次期型への期待を追う

生産を終えた高性能スポーツカーと未来の次期型を想起させるシルエット

日産GT-Rは2025年8月にR35型の生産を終えましたが、日産のイバン・エスピノーサ社長は将来の復活を明確に示唆しています。

つまり、R35の終了は「GT-Rそのものの終焉」と決まったわけではありません。次期型の具体的な発売時期やパワートレインはまだ確定していない一方、日産側からはGT-Rを再び登場させる意思が繰り返し示されています。

日産GT-Rはなぜ生産終了?社長は復活をどう示唆した?

日産自動車は2025年8月26日、高性能スポーツカー「日産GT-R(R35型)」の生産を終了しました。同日、栃木工場(栃木県上三川町)で最後の1台がラインオフし、18年に及ぶR35の歴史に幕が下ろされています。

しかし、ここで重要なのは「GT-R終了」と「R35終了」を分けて考えることです。

イバン・エスピノーサ社長は、生産終了に際して現時点では正確な計画は確定していないとしながら、GT-Rは進化して再び登場するとの趣旨を表明しました。別の報道でも「永遠の別れではない」という考えを示しており、日産GT-Rの将来復活をかなり強く示唆しています。

最後に生産されたR35は、右ハンドルの「プレミアムエディション T-spec」。ボディーカラーはGT-Rファンにもなじみ深いミッドナイトパープルで、専用のモスグリーン内装を備え、日本の顧客に届けられる車両でした。

18年間の最後を飾る1台として、非常に象徴的な仕様だったといえるでしょう。

R35は2007年に「スカイラインGT-R」から独立する形で登場しました。それ以来、約18年間で約4万8000台が生産されています。

一般的な乗用車から見れば決して大量生産車ではありません。しかし、高性能スポーツカーとして世界を相手にしながら18年間生産されたことを考えると、非常に長寿なモデルです。

個人的には、今回のニュースを単なる「名車の生産終了」と受け取るより、R35という長い一章が閉じ、次のGT-Rを作り直すための空白期間に入ったと見るほうが、エスピノーサ社長の発言にも合っていると感じます。


日産GT-R R35型の生産終了は経営不振だけが理由ではない

「日産の経営状況が厳しいからGT-Rまでなくなったのでは?」と考えた方もいるかもしれません。

しかし、R35生産終了の大きな理由として報じられているのは、法規対応と部品調達の難しさです。

R35は2007年に発売された基本設計の古いモデルです。当然ながら、その間にクルマへ求められる安全性能や電子制御、環境対応は大きく変わりました。

特に大きいのが、衝突被害軽減ブレーキなどの先進運転支援システム、いわゆるADASへの対応です。

継続生産車についても安全規制への対応が必要になり、古い電子プラットフォームを前提とするR35で新基準へ対応し続けるのは、技術的にもコスト的にも負担が大きくなっていました。

サイバーセキュリティーを含め、現在の新車は「速く走ればよい」だけでは成立しません。

各種センサーや制御コンピューターを安全に連携させ、最新の法規へ適合させる必要があります。そのためには、部分的な改良では済まず、電子アーキテクチャーそのものに大きく手を入れる必要が出てきます。

さらに、一部の電子部品をはじめ、長期間生産を続けることで調達が難しくなる部品も発生しました。

18年前に設計された部品が、18年後も同じ条件で供給され続けるとは限りません。サプライヤー側の生産終了や素材規制などもあり、古いモデルを維持するほど部品確保のハードルは上がります。

つまり今回の生産終了は、「GT-Rに人気がなくなったからやめた」という話とはかなり違います。

むしろ最終型となった2025年モデルでは、国内向けに確保された約1500台が短期間で完売したとされています。R35の人気そのものは、最後まで非常に高かったことがうかがえます。

私はここが次期型を考えるうえで大きなポイントだと思います。

需要がなくなった商品を終わらせるのと、商品寿命や法規の壁で一度終わらせるのとでは、その後の意味がまったく違うからです。

R35の場合は後者に近く、「GT-Rブランドにはまだ需要があるが、R35という器では次の時代へ進みにくくなった」と考えると分かりやすいでしょう。


GT-Rは過去にも生産終了と復活を繰り返してきた

「一度なくなったら、GT-Rはもう戻らないのでは?」という心配もありますが、GT-Rの歴史を見ると、生産中断と復活は今回が初めてではありません。

GT-Rという名称が最初に登場したのは1969年です。日産「スカイライン」の高性能モデルとして誕生し、いわゆる「ハコスカGT-R」が歴史のスタートとなりました。

その後、4代目スカイラインをベースとした「ケンメリGT-R」が登場したものの、GT-Rはいったん姿を消します。

そして1989年、R32型スカイラインGT-Rとして復活しました。

この第2世代ではR32、R33、R34と進化を続け、RB26DETT型直列6気筒ツインターボエンジンや4WDシステムなどによって、GT-Rという名前を再び日本の高性能車の象徴へ押し上げました。

R34の終了後、GT-Rは再び空白期間に入ります。

そして2007年に登場したのがR35型「日産GT-R」です。

R35では「スカイライン」の名前から独立し、V型6気筒3.8LツインターボのVR38DETTを搭載。電子制御4WDやトランスアクスルレイアウトなどを採用し、世界の高性能スポーツカーと正面から競うモデルへと生まれ変わりました。

GT-Rの歴史を大まかに整理すると、次のようになります。

世代 主なモデル 特徴
第1世代 ハコスカ、ケンメリ 1969年にGT-R誕生
第2世代 R32、R33、R34 1989年に復活、直6ツインターボで進化
第3世代 R35 2007年復活、スカイラインから独立
次世代 未定 エスピノーサ社長が将来の復活を示唆

こうして見ると、GT-Rには「なくなった後に、その時代に合う形で戻ってくる」という歴史があります。

名古屋大学の山本真義教授も、過去のGT-Rが眠りについた後に再登場し、日産の復活を象徴する存在になってきたという趣旨の見方を示しています。

筆者としても、GT-Rの場合はモデルチェンジを急いで名前だけ残すより、数年間の空白があっても、その時代の技術を象徴できるクルマとして復活するほうがGT-Rらしいと感じます。


次期型GT-Rはどうなる?EV・ハイブリッドの可能性を考える

では、次期型GT-R、いわゆる「R36」はどのようなクルマになるのでしょうか。

ここについては、2026年8月時点でも日産から市販車としての正式な仕様、発売時期、価格は発表されていません。

したがって「V6ハイブリッドになる」「800PSになる」「2030年に発売される」といった具体的な情報を、確定事項として扱うのは避けるべきでしょう。

一方で、将来のGT-Rを考えるヒントはいくつかあります。

代表的なのが、日産がジャパンモビリティショー2023で公開したコンセプトカー「ハイパーフォース」です。

ハイパーフォースは、全固体電池を想定した高性能EVコンセプトで、最大出力は1000kW。カーボンを活用した軽量ボディーを採用し、究極のドライビングプレジャーと日常での快適性を両立する次世代スーパースポーツとして提案されました。

デザインやコンセプトから「将来のGT-Rを示しているのでは」と注目されたのも無理はありません。

ただし、ハイパーフォースがそのまま次期GT-Rになると日産が正式発表したわけではありません。

また、全固体電池を量産スポーツカーへ搭載するには、性能だけでなくコスト、耐久性、量産性など多くの課題があります。

R35生産終了後の栃木工場では、フェアレディZなどに加え、電動車の生産も進められています。

そのため次世代GT-Rが登場するなら、EV、ハイブリッドを含めた何らかの電動化技術と無関係ではいられないでしょう。

一方で、GT-Rに求められるものは単純な最高出力ではありません。

車重、連続高負荷走行時の熱対策、サーキットでの性能持続性、充電・給油時間、価格などを総合して「GT-Rらしい速さ」を実現する必要があります。

ここが、普通の高性能EVとGT-Rの大きな違いです。

例えばモーターなら瞬間的な加速力は非常に高くできます。しかし、GT-Rが歴代で評価されてきたのは、スタートダッシュだけではありません。

高速道路、ワインディング、サーキット、雨天といった幅広い環境で、ドライバーが性能を引き出せる「使える速さ」がGT-Rの特徴でした。

個人的には、次期型で最も注目したいのは「EVかエンジンか」だけではなく、新しい時代にGT-Rらしい使える高性能をどう定義し直すのかという点です。

ここに日産ならではの答えを出せるかどうかが、復活成功の鍵になると思います。


R35を支えた「匠」と栃木工場の技術は次期型へつながるか

R35の価値を語るうえで忘れてはいけないのが、人の手によるものづくりです。

R35に搭載されたVR38DETTエンジンは、横浜工場で「匠」と呼ばれる熟練工が手作業で組み立てていました。

18年間の生産に携わった匠は9人とされています。

大量生産される一般的なエンジンとは異なり、高性能を安定して引き出すため、限られた熟練者が1基ずつ担当する方法が取られてきました。

車両の組み立てを担った栃木工場でも、人の技術が大きな役割を果たしています。

GT-R専用部品の組み付けやアライメント調整など、多くの部分に熟練工の経験が生かされていました。

さらにR35では、生産現場側の努力によって設計時に想定された製造公差を詰めた結果、剛性が約8%向上したというエピソードも紹介されています。

これは非常に興味深い話です。

普通は「新型車になれば性能が上がる」と考えますが、R35は基本構造を大きく変えず、作り方まで磨き込むことで性能を高め続けました。

最終型ではVR38DETTが570PS、NISMOでは600PSに達しています。

ちなみに2007年12月6日に発売された初期型は480PSで、価格は777万円からでした。

最終型のプレミアムエディション T-specは2000万円を超える価格帯になりましたが、それでも最終モデルがすぐに完売したことを考えると、「R35だから欲しい」という強いブランド力が最後まで残っていたといえます。

だからこそ私は、次期GT-Rで単に最新のモーターやバッテリーを積むだけでは惜しいと思います。

R35が評価された背景には、スペック表には出にくい開発者と生産現場が一緒になって性能を詰めていく文化がありました。

次世代GT-Rが本当に復活するなら、この「人が性能を作り込む」という部分まで継承できるかが、GT-Rらしさを判断する一つの基準になるでしょう。


日産GT-Rの次期型への期待が高まる理由と今後の見通し

次期GT-Rへの期待が大きい最大の理由は、やはり日産トップが復活に前向きな意思を示していることです。

単に自動車メディアが「復活するかもしれない」と予想しているだけではありません。

2025年8月26日のR35生産終了時、エスピノーサ社長自身がGT-Rは進化して再び登場するという考えを表明しています。

さらに、R35に長く携わった関係者からも、次世代へ技術や精神をつなぐことへの期待が語られました。

ただし、ここでは冷静さも必要です。

復活の意思があることと、次期型の発売が決まっていることは同じではありません。

日産自身も、正確な計画はまだ確定していないとしています。

次期GT-Rを開発するには、多額の投資が必要です。

高性能エンジンやモーターだけでなく、最新のADAS、サイバーセキュリティー、衝突安全、環境規制などすべてに対応しなければなりません。

さらにGT-Rは販売台数だけを考えれば主力大衆車のような車種ではありません。

そのため経営面では、「GT-Rへ投資することで日産全体にどんな価値が生まれるのか」という判断も必要になります。

しかし私は、GT-Rには単純な販売台数以上の役割があると考えています。

GT-Rで開発した技術そのものだけでなく、「日産にはこんなクルマを作れる」というブランドの象徴になるからです。

1969年の初代から、R32、R34、R35へとGT-Rは時代ごとに形を変えてきました。

R35も、従来の直列6気筒を捨ててV6へ変更し、スカイラインから独立した当初は「これをGT-Rと呼べるのか」という戸惑いがあったはずです。

それでも結果としてR35は18年間生産され、国内だけでなく海外にもGT-Rという名前を広めました。

この歴史を考えると、次期型もR35のコピーである必要はありません。

むしろ、登場した瞬間には賛否が分かれても、10年後に「あれこそ新時代のGT-Rだった」と評価される技術を投入できるかが重要だと思います。

価格についても気になるところです。

R35は登場当初777万円からという、性能を考えれば当時として非常に挑戦的な価格設定でした。一方、18年間の改良やコスト上昇を経て、最終型では2000万円を超える仕様も登場しています。

次期型が高度な電動化技術や新しい電子プラットフォームを採用すれば、初期R35のような価格帯に戻る可能性は高くないでしょう。

だからこそ、単に「高いスーパーカー」になるのではなく、同価格帯の海外高性能車とは違う価値を示せるかが重要です。

速さ、実用性、耐久性、先進技術をまとめて成立させる。

このR35が築いた独特のコストパフォーマンス思想を、次期型なりの方法で受け継いでほしいところです。


まとめ

日産GT-R(R35型)は2025年8月26日、栃木工場で最後の1台を生産し、18年間・約4万8000台に及ぶモデルライフを終えました。

生産終了の背景には、人気低下というより、法規対応や先進運転支援システムへの対応、一部部品の調達難など、18年前の基本設計を維持する難しさがあります。

一方で、イバン・エスピノーサ社長は、GT-Rとの別れは永遠ではなく、進化して将来再び登場するという考えを示しています。

ただし、次期型の発売時期、価格、パワートレインなどはまだ正式決定されていません。「R36は○年発売」「○○PSのハイブリッド」といった予想情報については、公式発表と分けて見る必要があります。

GT-Rはこれまでも、生産が途絶えたあと、その時代に合った技術をまとって復活してきました。

筆者としては、今回のR35生産終了も終点というより、GT-Rが次の時代に適応するための区切りとして見るのが自然だと考えています。

次にGT-Rが姿を現すとき、エンジン車なのか、ハイブリッドなのか、EVなのか。それ以上に注目したいのは、「技術の日産」をもう一度実感させる存在になれるかどうかです。


よくある質問

日産GT-Rは本当に復活しますか?

日産は次期型の発売を正式決定したとは発表していません。ただし、イバン・エスピノーサ社長は2025年8月のR35生産終了時に、GT-Rが進化して将来再び登場するという考えを示しており、復活への意思は明確に示されています。

日産GT-R R35型はなぜ生産終了したのですか?

主な背景は、最新の安全・環境関連法規への対応や、先進運転支援システムなどに対応する電子プラットフォームの古さ、一部部品の調達難です。2007年から18年間生産された基本設計を今後も維持することが難しくなったことが大きな要因です。

次期GT-RはEVになるのでしょうか?

現時点で正式なパワートレインは公表されていません。日産は2023年に全固体電池を想定した1000kWのEVコンセプト「ハイパーフォース」を公開していますが、これがそのまま次期GT-Rになると決定したわけではありません。EV、ハイブリッドを含め、正式発表を待つ必要があります。

ソロ(そろ)/新車・カーライフ愛好家

次期日産GT-Rにエンジン搭載はある?開発責任者の希望から将来像を考察

歴代GT-Rの走りを受け継ぐ次世代スポーツカーとエンジンの未来をイメージしたシーン

次期日産GT-Rへのエンジン搭載は未決定ですが、R35開発に深く関わった田村宏志氏は、将来型にも「エンジン音の一部」を残してほしいとの希望を明かしています。

2025年8月26日にR35型GT-Rの生産が終了した一方、日産はGT-Rという名前を将来復活させる意思を示しています。現時点ではEV、ハイブリッド、エンジン車のどれになるか正式発表されておらず、田村氏の発言はあくまで個人的な希望として受け止める必要があります。

次期日産GT-Rにエンジン搭載はある?田村宏志氏が語った希望

次期日産GT-Rについて大きな注目点となっているのが、内燃機関、つまりガソリンエンジンが残るのかという部分です。

R35型GT-Rの開発に初期段階から関わり、「GT-Rのゴッドファーザー」「ミスターGT-R」とも呼ばれてきた田村宏志氏は、次期型について個人的にはエンジンを残してほしいという考えを示しています。

特に印象的なのが、将来のGT-Rについて「少なくともエンジン音の一部は残してもらいたい」という趣旨の発言です。

ただし、ここは非常に重要です。

田村氏自身も、これは日産という会社の方針や次期GT-Rの商品計画を示す発言ではなく、あくまで個人的な好みだと明確にしています。

したがって、「次期GT-Rはエンジン搭載で決定した」と受け取るのは早計です。

現段階で言えるのは、

  • 次期GT-Rのパワートレインは正式発表されていない
  • EVになる可能性も取り沙汰されている
  • ハイブリッド化の可能性も考えられる
  • 田村宏志氏は個人的にエンジンの存在を希望している

というところまでです。

私が注目したいのは、単に「ガソリンエンジンを残したい」という話ではなく、田村氏がエンジン音という感覚的な部分まで含めてGT-Rらしさを考えていることです。

GT-Rは数字だけで価値を語るクルマではありません。加速した瞬間の音や振動、変速時の感覚まで含めてドライバーに高揚感を与えることが、歴代GT-Rの魅力の一部だったと考えられます。


R35型GT-Rは2025年8月26日に生産終了、約4万8000台を生産

次期GT-Rを考えるうえで、まず現在の状況を整理しておきましょう。

最後のR35型日産GT-Rは、2025年8月26日に生産ラインを離れました。

R35は約18年間にわたって生産され、累計生産台数は約4万8000台とされています。

最後に生産された1台は日本の顧客向けで、ボディカラーはミッドナイトパープル。グレードはプレミアムエディションT-Specでした。

18年間という期間は、一般的な乗用車のモデルサイクルと比べてもかなり長いものです。

それでもR35は単に同じクルマを長期間販売していたわけではなく、改良を繰り返しながら性能や完成度を高めてきました。

田村氏はR35の初期コンセプトが進められていた2001年ごろから開発に携わり、ニュルブルクリンクには100回以上訪れ、延べ約500日滞在したと振り返っています。

それだけ時間をかけて性能を磨いてきたからこそ、田村氏が次期型にも「走る楽しさ」を求めるのは自然な流れなのでしょう。

一方で、18年間続いたR35が終了した以上、次期GT-Rは単純な延長線上では成立しにくいとも感じます。

排出ガス規制や電動化などクルマを取り巻く環境が大きく変化しているからです。

つまり次期GT-Rでは、R35のような価値観を守りつつ、新しい時代に合わせてどう再構築するかが最大のテーマになりそうです。


日産はGT-R復活を目標にすると表明、消滅ではない

R35の生産終了を聞いて、「これでGT-Rそのものが終わったのでは」と感じた人もいるかもしれません。

しかし、日産側はGT-Rの将来的な復活について前向きな考えを示しています。

R35生産終了時の式典では、日産CEOのイヴァン・エスピノーザ氏が、世界のGT-Rファンに向けて、今回がGT-Rとの永遠の別れではなく、いつかGT-Rという名前を復活させることが目標だという趣旨を語りました。

この発言はかなり重要です。

少なくとも日産自身が、GT-Rというブランドを完全に終了させる前提ではないことが分かるからです。

田村氏も、ケンメリGT-RからR32 GT-Rまでには16年間の空白期間があったことに触れ、「日産は決してGT-Rを諦めなかった」という趣旨の発言をしています。

実際、1973年のKPGC110型、いわゆるケンメリGT-Rを最後にGT-Rはいったん途絶え、その後1989年のR32型で復活しました。

この歴史を考えると、「R35の生産が終わった=GT-Rという車名も終わり」と考える必要はなさそうです。

むしろ気になるのは、次にGT-Rという名前を使うなら、日産がどこまでGT-Rらしい性能とキャラクターを作り込めるのかでしょう。

名前だけを残すのではなく、誰が乗っても「これはGT-Rだ」と感じられるものにできるかが重要です。


R32 GT-Rの16年ぶり復活から見える「GT-Rらしさ」とは?

次期GT-Rを考えるうえで参考になるのが、R32型スカイラインGT-Rの誕生です。

2026年8月9日には、R32スカイラインの開発責任者だった伊藤修令氏による書籍『R32スカイラインGT-Rの開発』が、グランプリ出版から品切れ再版されたことも報じられました。

R32スカイラインが登場したのは1989年です。

当時、スカイラインは世代を重ねるにつれて大型化、高級化しており、1980年代には販売台数も頭打ちになっていました。

ユーザーからは「スカイラインの原点に戻ってほしい」という声も寄せられていたといいます。

伊藤氏がスカイラインの開発主管に就任したのは1984年末。当時は7代目R31スカイラインが運輸省へ届け出る直前の最終段階でした。

その後、R32の開発主管も担当することになった伊藤氏は、市場動向やユーザーの声を調べるプロダクトマーケティング活動を行い、その結果を新型車の企画へ反映させました。

そこで掲げられた大きなテーマが「走りの復活」だったわけです。

R32では新しい技術を積極的に投入し、さらにGT-Rが16年ぶりに復活。レース活動でも活躍し、現在まで語り継がれる存在になりました。

伊藤氏は1989年5月に誕生したR32について、現在でも「なぜこのような魅力的なクルマができたのか」「GT-Rをどう復活させたのか」と聞かれることが多いと振り返っています。

私は、このR32の歴史は次期GT-Rを考えるうえで非常に示唆的だと思います。

重要なのは、昔と同じメカニズムをそのまま復活させることではありません。

R32も過去のGT-Rをコピーしたのではなく、その時代の技術を使って「GT-Rらしい走り」を再構築したクルマでした。

ならば次期型も、必ずしもR35と同じV6ツインターボである必要はないでしょう。

エンジン、モーター、バッテリーなどを組み合わせながら、現代の技術でGT-Rらしい速さと運転する楽しさを作り直すことのほうが重要だと私は考えます。


R35開発責任者たちは「昔のGT-R」をそのまま守ったわけではない

次期GT-Rについてエンジンの有無だけが注目されがちですが、R35自体も歴代GT-Rの常識を大きく変えたモデルでした。

従来のGT-Rは直列6気筒エンジンを搭載していましたが、R35ではV6エンジンが採用されました。

田村氏は、エンジンをフロントアクスルより後方へ配置しやすくすることで、重量バランスを改善できることをV6採用の理由として挙げています。

さらにR35では2ペダル化も大きな転換でした。

田村氏によると、2003年ごろにはイタリアのスーパースポーツカーでオートマチック系トランスミッションが使われ、そのオーナーから高い満足度が得られているという情報が入るようになり、時代の流れを感じ取ったといいます。

つまりR35は、「GT-Rだから直6」「GT-Rだから従来型の操作系」という固定観念を守ったクルマではありませんでした。

GT-Rの本質を守るために、むしろ技術は大胆に変えています。

なお、R35プロジェクトの総責任者として知られる水野和敏氏も、2003年からGT-Rプロジェクトを率い、企画・開発だけでなく生産、営業、品質、収益、新しい販売網の構築まで幅広く統括しました。

水野氏は1998年にはV6フロントミッドシップのFMパッケージを提案・開発し、V35スカイラインやZ33フェアレディZなどの開発にも関わっています。

R35がそれまでのスカイラインGT-Rとは別の独立した「NISSAN GT-R」になった背景にも、こうした従来の常識に縛られない開発思想があったと考えられます。

ここから次期型を考えると、「エンジンがあるか、ないか」だけでGT-Rらしさを判断するのは少し早いでしょう。

GT-Rはむしろ、時代ごとの最新技術を使いながら速さの基準を作ってきたクルマだからです。


次期GT-RはEV、ハイブリッド、それともエンジン車になる?

現時点では、次期日産GT-Rのパワートレインについて正式な仕様は発表されていません。

そのため、EVになる、ハイブリッドになる、エンジンを残すといった話はいずれも確定情報として扱うべきではありません。

ただし、田村氏が「エンジン音の一部を残してほしい」と話している点から考えると、エンジンと電動技術を組み合わせる形は、GT-Rらしさと現代的な性能を両立しやすい選択肢の一つに見えます。

たとえばモーターは、アクセルを踏んだ直後から大きなトルクを発生させやすいという特徴があります。

一方、エンジンには回転数の上昇とともに音や振動が変わり、速度感や操作感をドライバーへ伝えやすい魅力があります。

この2つをうまく組み合わせれば、「電動化=GT-Rらしさを失う」とは限りません。

むしろGT-Rが得意としてきた四輪駆動制御と電動モーターは相性が良い可能性もあります。

ただし、これは現時点で公表された次期GT-Rの仕様ではなく、あくまで技術的な可能性から考えた私見です。

個人的には、完全EVか純粋なエンジン車かという二択で考えるより、GT-Rが求める性能を実現するために何を使うのかという順番で考えたほうが、このクルマには合っている気がします。

歴代GT-Rは技術を守るためのクルマではなく、その時代の技術を使って「速さ」を更新してきた存在だからです。


次期GT-Rで本当に重要なのはエンジンの有無だけではない

ここからは私見になります。

私が次期GT-Rで最も重要だと考えるのは、「ガソリンエンジンを積んでいるか」そのものではありません。

運転した瞬間にGT-Rだと感じられるかどうかです。

R32は「走りの復活」を掲げ、16年間途絶えていたGT-Rを新しい技術で復活させました。

R35も直列6気筒という伝統を離れ、V6エンジンや新しい駆動レイアウト、2ペダル化などを採用しながらGT-Rの価値を作り直しました。

この2つに共通するのは、過去をそのままコピーしていない点です。

次期GT-Rも同じだと思います。

もしエンジンを残したほうがGT-Rらしいドライビングプレジャーを実現できるなら、電動技術と組み合わせながら残す価値は十分あるでしょう。

逆に、完全EVでも従来以上の応答性、四輪制御、長時間走行での安定した性能、ドライバーとの一体感まで実現できるなら、それも新しいGT-Rの姿になり得ます。

田村氏が語った「エンジン音を一部でも残したい」という希望は、単なる懐古趣味ではなく、クルマを運転する際の感情的な価値を失ってほしくないというメッセージにも見えます。

これは次世代スポーツカーを考えるうえで意外に重要です。

最高出力や0-100km/h加速の数字だけなら、電動化によって非常に高い水準を目指せます。

しかしスポーツカーは家電製品のようにスペック表だけで選ぶ商品ではありません。

アクセルを踏んだときにどんな音が聞こえ、ステアリングを切ったときにどんな反応が返り、ブレーキを踏んだときに車体がどう動くのか。

そうした感覚を含めて「また運転したい」と思わせることが、スポーツカーの商品価値につながります。

田村氏が「真のドライビングプレジャー」を重視するのも、この部分なのでしょう。


日産GT-Rの復活時期は焦らず見たほうがいい

もう一つ注意したいのが、復活時期です。

田村氏はR35生産終了時、「いましばらく待ってほしい」という趣旨の発言をしています。また、日産側もGT-Rの名前を将来復活させることを目標として示しています。

ただし、これを「すぐに次期GT-Rが発売される」という意味にまで広げて受け取るべきではありません。

具体的な発売日、価格、搭載エンジン、モーター構成、最高出力などは、今回の元情報では正式に示されていません。

R32 GT-Rの例を見ても、GT-Rには16年間の空白期間がありました。

もちろん今回も16年待つという意味ではありませんが、GT-Rのような象徴的なスポーツカーなら、中途半端な状態で急いで発売するより、日産自身が納得できる技術がそろった段階で出してほしいところです。

特にGT-Rは、単なる高性能車ではなく日産の技術イメージそのものにも影響する存在です。

次期型を成功させるには、「GT-Rという名前を復活させること」よりも、GT-Rという名前を付けるに値するクルマを作ることのほうが大切だと私は思います。


まとめ:次期日産GT-Rのエンジン搭載は未定、ただし「音」を残したい思いはある

次期日産GT-Rにエンジンが搭載されるかどうかは、現時点では正式に決まった情報として公表されていません。

一方、R35の開発に初期から携わった田村宏志氏は、個人的な希望として、将来のGT-Rにも少なくともエンジン音の一部を残してほしいという考えを示しています。

R35型GT-Rは2025年8月26日に最後の1台が生産され、約18年間、約4万8000台という歴史に幕を下ろしました。しかし日産CEOのイヴァン・エスピノーザ氏は、GT-Rの名前を将来復活させることが目標だと表明しています。

そしてGT-Rには、ケンメリからR32まで16年間途絶えながら、1989年に「走りの復活」を掲げて戻ってきた歴史があります。

R32もR35も、昔の技術をそのまま守ったから名車になったわけではありません。その時代に使える技術を大胆に採用しながら、GT-Rらしい速さと運転する楽しさを作り直してきました。

だからこそ次期GT-Rについても、「エンジンがあるからGT-R」「EVならGT-Rではない」と単純に決めつける必要はないでしょう。

筆者としては、田村氏が語ったエンジン音への思いを何らかの形で受け継ぎつつ、電動化の強みも使った新しいGT-Rを期待したいところです。

重要なのは動力源の種類ではなく、アクセルを踏んだ瞬間に「これが次のGT-Rだ」と納得できる体験を作れるかどうか。そこに次期型の成否がかかっていると考えます。


よくある質問

次期日産GT-Rはエンジンを搭載しますか?

現時点では正式発表されていません。R35開発に深く関わった田村宏志氏は、個人的には将来のGT-Rにも「エンジン音の一部」を残してほしいという希望を語っていますが、日産の正式な商品計画を示した発言ではありません。

R35型GT-Rはいつ生産終了しましたか?

最後のR35型GT-Rは2025年8月26日に生産ラインを離れました。約18年間にわたって生産され、累計生産台数は約4万8000台とされています。

日産GT-Rは今後復活しますか?

日産CEOのイヴァン・エスピノーザ氏は、R35生産終了時にGT-Rとの永遠の別れではなく、将来GT-Rという名前を復活させることが目標だという趣旨を語っています。ただし、次期型の発売時期やパワートレインなどの具体的な仕様は今回の情報では公表されていません。

ソロ(そろ)/新車・カーライフ愛好家

次期日産GT-Rは全固体電池PHEVか?ハイパーフォースとの関係を考察

次期日産GT-Rとハイパーフォースをイメージした未来的な高性能スポーツカー

次期日産GT-Rは、ハイパーフォースの技術を受け継ぎつつ、全固体電池を使うPHEVになる可能性が注目されています。

R35型GT-Rは2025年8月26日に最後の車両が生産され、2007年から続いた18年間の歴史に一区切りがつきました。

しかし日産はGT-Rそのものを終わらせる考えではなく、次期型の可能性を探り続けています。そこで浮上しているのが、2023年に公開された「ニッサン ハイパーフォース」、日産が開発する全固体電池、そしてエンジンと電動技術を組み合わせるPHEVという3つの要素です。

現時点で日産から「次期GT-Rは全固体電池PHEVになる」と正式発表されたわけではありません。むしろ一度はEVが有力視されながら、世界的な高性能EV市場の変化を受け、日産が改めて複数の方向性を検討しているというのが現在地です。

では、次期日産GT-Rとハイパーフォースはどこまでつながっているのでしょうか。そして全固体電池PHEVという選択肢には、本当に現実味があるのでしょうか。

日産GT-Rはなぜ生産終了?次期型につながるR35の18年間

R35型GT-Rは2007年から日産自動車の栃木工場で生産され、2025年8月26日に最終生産車両が完成しました。

生産期間は18年間に及び、累計生産台数は約4万8000台。3.8リッターV型6気筒ツインターボ「VR38DETT」と6速デュアルクラッチトランスミッションを組み合わせ、日本を代表する高性能スポーツカーとして長く販売されました。

R35の生産終了について重要なのは、「人気がなくなったから単純に廃止された」という話ではないことです。

大きな要因は、排出ガス、安全、サイバーセキュリティー、車外騒音などの規制への対応でした。

特に設計から20年近くが経過したR35では、最新規制へ対応するためにエンジンだけでなく、車載電子システムを支えるE/Eアーキテクチャーなど大規模な刷新が必要になります。

さらに、古い設計で使われている半導体などの部品調達も難しくなっていました。

販売台数が大量に見込める一般的なSUVやミニバンなら開発費を回収しやすいのですが、GT-Rのような少量生産スポーツカーでは事情が違います。巨額の規制対応費を追加してR35を延命しても、採算を取るのが難しいわけです。

私はここが、次期GT-Rを考えるうえで非常に重要だと思っています。

つまり次期型は、単純に「R35のエンジンをもっとパワーアップする」という延長線では成立しにくいのです。新しい規制や電動化に対応できる、ほぼ完全な新世代車として造り直す必要があります。

だからこそ、全固体電池やハイブリッド技術が次期GT-Rの話題と結び付いてくるのでしょう。


日産GT-R次期型とハイパーフォースの関係は?

次期GT-Rを語るとき、避けて通れない存在がニッサン ハイパーフォース(Nissan Hyper Force)です。

ハイパーフォースは、2023年10月に開催された「ジャパンモビリティショー2023」で日産が世界初公開した電動ハイパーカーのコンセプトモデルです。

日産はこのモデルを「究極のドライビングプレジャーを追求する、次世代の高性能スーパースポーツカー」と位置付けました。

公式には「次期GT-R」と発表されていません。

それでも、多くの人がGT-Rの後継を連想した理由はかなり分かりやすいものです。

  • GT-Rを思わせる低くワイドなボディ
  • 日産スポーツカー伝統の丸型4灯テール
  • GT-Rのエンブレムを連想させるフロントのグラフィック
  • 高性能4WDを意識した電動駆動システム
  • サーキット性能を強く意識した設計

特にリアの丸型4灯テールは、GT-Rファンなら一目で意識するデザインでしょう。

パワートレインも強烈です。

ハイパーフォースは日産が開発を進める全固体電池と高出力e-モーターを搭載し、最高出力1000kW、約1360PSを想定しています。

さらに前後モーターと4輪のブレーキを統合制御する「e-4ORCE」により、四輪への駆動力を緻密に制御する考え方が示されています。

これだけを見ると、「次期GT-Rは全固体電池の完全EVになる」と考えたくなります。

実際、ハイパーフォース発表後には、2030年ごろまでの次世代GT-R登場を期待する見方が強まりました。

ただし、その後に状況が変化しました。


ハイパーフォースそのままのEV版GT-Rは実現しない?

2025年11月に報じられた内容では、日産はハイパーフォースをベースとする次世代EVスポーツカーの計画について、方向性を見直しているとされています。

日産のチーフ・パフォーマンス・オフィサー、ギョーム・カルティエ氏は、次世代GT-Rについて「さまざまな方向性を模索中」という趣旨の説明をしています。

一方で、新型スーパーカーの発売について明確な計画が決まっているわけではないことも認めています。

背景にあるのが、高級EVや電動スポーツカー市場の変化です。

一時期、自動車業界では「高性能車も将来はEVになる」という流れが非常に強くなりました。しかし市場を見ると、価格の高い電動スポーツカーの需要が当初の期待ほど伸びていないケースも目立っています。

実際、海外メーカーでもEVスポーツカーの計画変更が相次ぎました。

マセラティは高性能モデルのEV計画を中止し、ロータスはEVスポーツカー計画を延期。ポルシェでも内燃機関モデルを残す方向の動きが出ています。

GT-Rはもともと大量販売するクルマではありません。

そのため、巨額の開発費を投入して完全EV化しても、十分な需要が得られなければ事業として成立しにくくなります。

カルティエ氏も、世界にはスポーツカーを好む地域は存在するものの、本格的な市場は限られているとの認識を示しています。

一方でGT-Rには、単純な利益だけでは測れない価値があります。

「日産にはGT-Rがある」という事実そのものがブランドイメージを高め、フェアレディZや一般的な日産車にも波及する効果があるからです。

私は、GT-Rが復活するとすれば、このブランドを象徴する役割が最大の理由になると考えています。

だからこそ、完全EVだけに固執するより、性能・航続距離・サウンド・価格・開発費を総合的に考えた新しいパワートレインが必要になってくるのでしょう。


次期日産GT-Rは全固体電池PHEVになるのか?

ここで注目されるのが、全固体電池を使ったPHEV(プラグインハイブリッド)という可能性です。

日経クロステックはR35生産終了を報じた2025年8月の記事で、「R36」と呼ばれる可能性のある次期型について、全固体電池を搭載したPHEVの可能性が取り沙汰されていると伝えています。

ただし繰り返しておきたいのは、現時点で日産が次期GT-RのPHEV化を正式決定したわけではないという点です。

あくまで、有力な選択肢として考えられている段階です。

それでもPHEV案には、GT-Rとの相性が良さそうな理由があります。

PHEVは、外部充電可能なバッテリーとエンジンを組み合わせます。

街中ではモーター中心で静かに走り、高速道路やサーキットなど大きな出力が必要な場面ではエンジンとモーターを組み合わせる設計が可能です。

GT-Rのようなクルマで重要になるのは、単純な最高出力だけではありません。

何周もサーキットを走った際の出力維持、車両重量、充電時間、航続距離、冷却性能などを総合的に成立させる必要があります。

完全EVの場合、1000PSを超える性能自体は技術的に珍しくなくなっています。しかし大容量バッテリーを搭載すれば重量が増え、タイヤやブレーキへの負担も大きくなります。

一方、PHEVならバッテリー容量を完全EVより抑えながら、モーターの瞬発力とエンジンの持続的な出力を組み合わせられる可能性があります。

個人的には、これがGT-Rらしさを残すうえでかなり現実的な落としどころに見えます。

R35のVR38DETTをそのまま使うという意味ではありませんが、「エンジンを捨てず、モーターを武器として使う」という設計思想なら、従来のGT-Rファンにも受け入れられやすいでしょう。


全固体電池が次期GT-Rに向いている理由とは?

日産は2028年度までに自社開発の全固体電池を搭載したEVを市場投入する目標を掲げています。

全固体電池とは、一般的なリチウムイオン電池で使われる液体電解質ではなく、固体の電解質を使う次世代バッテリーです。

日産によると、自社が開発する全固体電池では、従来比で約2倍のエネルギー密度や充電時間の短縮、材料の選択肢拡大によるコスト低減などが期待されています。

高性能スポーツカーにとって、エネルギー密度は特に重要です。

同じ容量ならバッテリーを小型・軽量化できる可能性があり、同じサイズならより多くのエネルギーを搭載できるからです。

GT-Rでは重量が走行性能に直結します。

たとえば巨大な液体リチウムイオン電池を床下に積み、車重が大幅に増えてしまえば、加速は速くてもブレーキングやコーナリングで不利になります。

全固体電池によって電池重量を抑えられるなら、高性能車へのメリットは非常に大きいでしょう。

また全固体電池は、液体電解質を使わないことで運転温度の許容範囲を広げやすく、急速充電性能向上の可能性もあります。

ハイパーフォースに全固体電池が設定されたのも、単なる未来感の演出ではなく、高性能車との技術的な相性を意識したものと考えられます。

一方で課題もあります。

固体電解質と正極・負極の接触状態を安定させる必要があり、材料選定、セルに加える圧力、生産工程の均一化など、量産には難しい技術が求められます。

つまり「2028年度に実用化を目指す=すぐに1360PS級GT-Rへ搭載できる」という単純な話ではありません。

最初はより生産しやすい車種で技術を成熟させ、その後に高性能モデルへ展開するシナリオも十分に考えられます。


ハイパーフォースの1360PSは次期GT-Rにも必要か

ハイパーフォースの1000kW、約1360PSという数字は非常にインパクトがあります。

しかし、市販版の次期GT-Rが本当に1360PSを必要とするかは別問題です。

最近の電動高性能車では、1000PS級そのものは以前ほど非現実的な数字ではなくなっています。

それでも市販車には、耐久性、タイヤ、ブレーキ、冷却、保険、価格、充電環境などさまざまな現実的制約があります。

GT-Rの価値は、昔から最高出力の数字だけにあったわけではありません。

R35が世界を驚かせた理由の一つは、パワーだけでなく四輪駆動制御やトランスミッション、シャシーを総合的に作り込み、ドライバーが速さを引き出しやすいパッケージに仕上げたことでした。

その意味では、次期型も「1360PSだからすごい」ではなく、電動化された四輪駆動をどこまで自在に制御できるかがGT-Rらしさにつながると考えます。

ハイパーフォースに採用されたe-4ORCEの考え方は、まさにそこにつながります。

前後モーターと4輪ブレーキを統合制御できれば、単純な直線加速だけでなく、旋回時の姿勢制御にも電動化を活用できます。

これは従来のGT-Rが磨いてきた「電子制御で速さを引き出す」という考え方とも相性が良い部分です。

私としては、ハイパーフォースから次期GT-Rに最も受け継いでほしいのは、1360PSという数字よりも、この電動四輪制御の思想です。


次期GT-Rを待つ人が注目すべきポイント

今後の情報を見るうえでは、「EVかPHEVか」という一点だけで判断しないほうがよいでしょう。

注目したいのは次の4点です。

  • 日産の全固体電池が2028年度の市場投入目標どおり進むか
  • ハイパーフォース由来のデザインやe-4ORCE技術が市販車へ展開されるか
  • 次期GT-Rにエンジンを残す方針が明確になるか
  • 日産の経営再建の中で高性能スポーツカー開発が承認されるか

特に最後の点は無視できません。

スポーツカーはブランド価値を高める一方、開発コストに対して販売台数が少なくなりやすいカテゴリーです。

R35終了時にも指摘されたように、次期GT-Rの新規開発を決断するには日産の経営基盤が重要になります。

つまり、技術的に造れることと、会社として造る決断をすることは別なのです。

この視点で見ると、次期GT-Rの登場時期が簡単に断定できない理由も分かります。

全固体電池が完成しても、GT-Rそのものの開発予算や市場性が認められなければ市販化には進めません。

逆にいえば、日産がGT-Rを「直接利益を稼ぐ車」ではなく「日産ブランドを象徴する技術ショーケース」と判断すれば、状況は変わります。


次期GT-Rは「ハイパーフォース縮小版」ではないと考える

ここからは私見です。

私は次期GT-Rが登場するとしても、2023年のハイパーフォースをそのままナンバー付き市販車にする形にはならないと考えています。

ハイパーフォースは、1360PS、全固体電池、変形するコックピット、VRやAR、アクティブエアロなど、日産が将来実現したい技術を一台に集めたコンセプトカーです。

いわば未来のGT-Rを考えるための「技術のショーケース」に近い存在でしょう。

市販化では、そこから必要なものを選び取る作業になるはずです。

私が特に現実味を感じるのは、ハイパーフォースのデザインDNA+電動四輪制御+全固体電池+エンジンという組み合わせです。

これならハイパーフォースの未来感を残しながら、完全EVが抱える重量や航続、連続高負荷走行などの課題をエンジンで補うことができます。

そして、ここにPHEVという形式がうまく当てはまります。

街中では電気だけで走り、ワインディングやサーキットではエンジンとモーターを総動員する。

もしそんなGT-Rが登場すれば、単なる「電動化されたGT-R」ではなく、電動技術を速さのために使う新しいGT-Rになれるのではないでしょうか。

もう一つ、私は次期GT-Rでは最高出力競争以上に車重が重要になると思っています。

1000PSを超えるEVはすでに存在します。

そのため次期GT-Rが1360PSを実現したとしても、それだけでは世界を驚かせにくくなっています。

むしろ全固体電池によって車両重量を抑え、モーターによる緻密な四輪制御とエンジンの持続力を組み合わせられれば、GT-Rらしい独自性が生まれます。

昔のGT-Rが「高価なスーパーカーに現実的な価格で挑む存在」だったことを考えると、数字だけを追うより、性能と価格のバランスにも期待したいところです。

もちろん、現在の高性能車に求められる安全装備や電動化技術を考えると、R35時代のような価格感で登場する可能性は高くないでしょう。

それでも、数千万円級のハイパーカーとは違う立ち位置を守れれば、GT-Rという名前の意味は残せると感じます。


まとめ:次期日産GT-Rとハイパーフォースの関係は今後も要注目

R35 GT-Rは2025年8月26日に最終車が生産され、18年間、約4万8000台という歴史に幕を下ろしました。

次期型について正式な発売時期やパワートレインはまだ決まっていませんが、日産はGT-Rというブランドの存続を完全に否定しているわけではありません。

2023年公開のハイパーフォースは、全固体電池、1000kW・約1360PS、e-4ORCE、丸型4灯テールなど、次世代GT-Rを強く連想させる技術とデザインを示しました。

一方、高級EVや電動スポーツカー市場の変化により、当初想定された完全EV路線は再検討されています。

そこで現実味を帯びてくるのが、全固体電池を活用したPHEVという選択肢です。

現時点ではあくまで可能性の一つですが、エンジンの持続的な性能とモーターの瞬発力、電動四輪制御を組み合わせられるPHEVは、GT-Rの性格と相性の良い方式だと私は考えています。

ハイパーフォースがそのままR36になるのではなく、そこで示された全固体電池や電動制御、デザインの考え方が次期GT-Rへどう受け継がれるか。

「完全EVになるのか」ではなく、「GT-Rらしい速さを実現するために電動技術をどう使うのか」こそ、今後の最大の注目点です。


よくある質問

次期日産GT-RはPHEVで決定していますか?

いいえ。現時点で日産は次期GT-RのPHEV化を正式発表していません。全固体電池PHEVは有力な可能性として報じられている段階で、日産自身も次世代GT-Rについて複数の方向性を検討しています。

ハイパーフォースは次期GT-Rそのものですか?

日産はハイパーフォースをGT-R後継車として正式発表していません。ただし丸型4灯テールや高性能4WD、全固体電池などGT-Rを強く連想させる要素が多く、次世代GT-Rの方向性を示したコンセプトと見ることができます。

日産の全固体電池はいつ実用化されますか?

日産は、自社開発の全固体電池を搭載したEVを2028年度までに市場投入する目標を掲げています。ただし、それが最初から次期GT-Rに搭載されると決まっているわけではありません。

ソロ(そろ)/新車・カーライフ愛好家

日産GT-R生産終了の理由は?開発コスト増がR35に与えた影響

生産終了した日産GT-R R35をイメージしたスポーツカーと自動車工場の風景

日産GT-R(R35)が生産終了した大きな理由は、環境・安全規制への対応で開発コストが膨らみ、部品調達も難しくなったことです。

日産を代表するスポーツカー「GT-R」は、2025年8月26日に栃木県の工場で最後の1台が完成し、R35型として18年間続いた生産に幕を下ろしました。

「日産の経営状態が悪いからGT-Rまでなくなったのでは?」と思った人もいるかもしれません。しかし、今回の生産終了を考えるうえで重要なのは、経営問題だけではなく、2007年に登場したR35を現代の法規に適合させ続けることの難しさと、それに伴う開発コストの増大です。

日産GT-Rの生産終了はなぜ?R35が2025年8月26日にラインオフ

日産GT-RのR35型は2007年に発売され、2025年8月26日に最後の1台が完成しました。フルモデルチェンジを行わないまま18年間販売された、現代の国産車ではかなり珍しい長寿モデルです。

最終期のGT-RはV型6気筒ツインターボエンジンを搭載し、標準モデルでも最高出力570PS、最大トルク637N・mという高性能を誇りました。

一方で、登場時期が2007年だったことは、生産終了を考えるうえで重要です。

18年間も販売を続ければ、その間に排出ガス規制、騒音規制、安全基準など、自動車を取り巻くルールは何度も変わります。GT-Rはそのたびに改良を重ねてきましたが、ついにR35という基本設計のまま対応を続けることが難しい段階に来たと考えられます。

生産終了の理由として大きく挙げられているのは、主に次の3点です。

  • 環境・安全に関する法規への対応が難しくなった
  • 長期生産によって一部部品の調達が難しくなった
  • スポーツカー市場が縮小し、開発費を回収しにくくなった

なかでも今回のテーマで注目したいのが、法規対応のために必要となる開発コストの増加です。

単に「古くなったから販売終了」という話ではありません。GT-Rらしい性能を残しながら、毎年厳しくなる基準を満たし続けることが難しくなったのです。


開発コスト増が日産GT-R生産終了の大きな理由になった

R35型GT-Rが登場した2007年当時と2025年では、自動車に求められる条件が大きく違います。

排出ガスの低減だけでなく、騒音、安全装備、衝突時の安全性能など、多くの基準に対応しなければ販売を続けられません。

一般的な量販車であれば、新世代のプラットフォームへ切り替えながら最新技術を組み込めます。

ところがR35の場合、18年間にわたって同じ基本プラットフォームを使いながら、性能向上と規制対応を同時に進めてきました。

ここがGT-Rの難しいところです。

GT-Rは単に部品を追加すれば済む車ではありません。ブレーキ、重量配分、空力、冷却性能、サスペンション、エンジン特性などを含め、車全体のバランスが走りに直結します。

安全装備ひとつを追加する場合でも、車重や電子制御との関係を確認し、GT-Rとして期待される走行性能を保つための開発や試験が必要になります。

つまり、法規対応の部品代だけでなく、「GT-Rとして成立させるための再開発費」が積み上がっていくわけです。

NHKも2025年8月26日の報道で、環境や安全に関する規制の厳格化によって開発コストが膨らんだことなどが生産終了の背景にあると伝えています。

私はここがR35生産終了を理解するうえで最も重要なポイントだと考えています。

「性能が足りなくなった」のではありません。

むしろR35は改良によって高い性能を維持していました。しかし、その性能を保ったまま新しい規制を乗り越え続けるための費用が、商品として無視できないほど大きくなったということです。


R35の価格は777万円から1,444万円へ、18年で1.8倍以上に

開発コスト増の影響は、GT-Rの車両価格にも表れています。

参考記事によると、R35型GT-Rの廉価グレードは2007年のデビュー時に777万円でした。

それが最終期には1,444万円となり、18年間で1.8倍以上に上昇しています。

もちろん、この価格上昇がすべて法規対応費によるものではありません。

GT-Rそのものの性能向上、装備充実、原材料費、人件費など、複数の要因が影響しています。

それでも重要なのは、規制対応を続けるほど開発費が必要になり、その費用を車両価格へ反映せざるを得なくなる構造です。

例えば777万円なら、一般的な車と比べれば高額でも「国産の超高性能スポーツカー」として検討する人は一定数いるでしょう。

しかし1,400万円を超えてくると、購入できる層は一気に限られます。

価格を上げれば開発コストを回収しやすくなる半面、購入者が減れば販売台数は落ちます。販売台数が少なくなれば、1台あたりで負担する開発費はさらに大きくなります。

スポーツカーは、この循環に入りやすい商品です。

個人的には、R35の価格上昇は単なる「高級化」と見るより、長期間同じモデルを最新基準に合わせ続けた結果でもあると考えたほうが実態に近いと思います。


衝突被害軽減ブレーキ義務化もR35には重い課題だった

R35の生産終了時期を考えるうえで、2025年12月からの安全規制も見逃せません。

参考記事では、2025年12月から継続生産車を含め、衝突被害軽減ブレーキの装着が義務化されることが紹介されています。

R35をそのまま販売し続けるためには、このような新しい安全要件にも対応しなければなりません。

一見すると「自動ブレーキを付ければいいだけ」に思えるかもしれません。

しかし実際には、センサーやカメラ、制御装置などを追加し、それらが正しく機能するよう車両側の電子制御まで含めて調整する必要があります。

さらにGT-Rでは、高速域を含めた走行性能との整合も重要です。

新しい装備が追加されることで重量やスペースの問題が生まれれば、車全体を見直さなければなりません。

2007年に基本設計された車へ、2025年の安全装備を次々と組み込んでいくことには当然限界があります。

そのため、R35の販売を数年延ばすためだけに大規模な開発投資を行うより、新世代GT-Rへ経営資源を振り向けるほうが合理的だという判断も十分考えられます。

これはGT-Rだけの問題ではありません。

参考記事では、トヨタ「スープラ」についても法規対応の難しさが生産終了に影響しているとされています。

高性能スポーツカーほど販売台数が限られるため、規制対応に必要な投資を大量販売によって回収しにくいという厳しさがあります。


18年続いたR35は部品調達でも限界を迎えていた

日産GT-R生産終了のもう一つの理由が、部品調達です。

18年間も同じ型式を生産していると、発売時に使われていた電子部品や製造設備がずっと供給されるとは限りません。

自動車メーカーだけが「この部品を使い続けたい」と考えても、部品メーカー側では新世代製品への切り替えが進みます。

特に電子部品は技術進化が早く、古い規格の製品を維持することが難しくなります。

参考記事でも、一部の電子部品の入手が困難になったことが生産終了の背景として指摘されています。

部品がなくなれば新しい部品へ交換すればよいように思えますが、車の場合は単純ではありません。

代替部品へ変更すると動作確認や耐久試験が必要になり、関連する制御システムの見直しまで発生する可能性があります。

結局ここでも「部品調達の問題」が「追加開発コストの問題」につながります。

つまりR35が生産終了した複数の理由は、完全に別々の問題ではありません。

法規対応、部品調達、開発費、販売価格、販売台数が連鎖していたと見ると分かりやすいでしょう。

私はR35の18年間という長寿命そのものが、GT-Rの魅力であると同時に、生産継続を難しくした理由にもなったと感じます。

普通のモデルなら途中でフルモデルチェンジして世代を切り替えるところを、R35は改良で戦い続けました。その粘り強さはすごいですが、永遠に続けられる方法ではありません。


スポーツカー需要の縮小も開発コスト回収を難しくした

GT-Rの生産終了を開発コストだけで語ることもできません。

スポーツカーそのものの市場環境も変わっています。

1970年代から1990年代は、スポーツカーがメーカーの象徴として大きな人気を集めた時代でした。

一方、現在の日本では燃費、室内空間、家族での使いやすさ、安全装備などが車選びで重視される傾向があります。

SUVやミニバン、軽自動車など、日常生活で便利な車へ需要が集まりやすくなりました。

GT-Rには世界中に熱心なファンがいますが、年間数十万台を販売する量販モデルではありません。

ここで開発コストとの関係が重要になります。

仮に法規対応に大きな投資が必要になっても、販売台数が多い車であれば多数の車両にコストを分散できます。

しかし販売台数の少ない高性能スポーツカーの場合、1台あたりの負担が大きくなります。

その結果、価格を上げなければ採算が合わず、価格が上がればさらに購入者が限られるという難しい状況になります。

「GT-Rは人気車なのになぜ作れないのか」という疑問への答えもここにあります。

人気の高さと、事業として大量に売れることは同じではありません。

車好きから圧倒的な知名度を持っていても、年間の販売規模が小さければ巨額の新規開発費を回収するハードルは高くなります。


日産の経営難だけがGT-R生産終了の理由ではない

日産の経営状況とGT-Rの生産終了を結びつける見方もあります。

ただし参考記事では、日産は今回のGT-R生産終了について、自社の経営難を直接の理由として挙げていません。

モータージャーナリストの諸星陽一氏も、2025年8月28日の記事で、経営状態が原因だと受け取られがちだが、法規制への対応や一部電子部品の入手困難といった外的要因が背景にあると指摘しています。

そのため「日産の経営難によってGT-Rが突然打ち切られた」と単純化するのは正確ではないでしょう。

一方で、次世代GT-Rを開発する話になると経営状況は無関係ではいられません。

新型スポーツカーを一から開発するには大きな資金が必要です。

エンジン車として続けるのか、ハイブリッドにするのか、プラグインハイブリッドにするのか、EVにするのかによっても必要な技術は大きく変わります。

したがって、R35の終了理由と次期GT-Rを実現できるかどうかは分けて考える必要があります。

R35終了の直接的な理由は法規や部品、開発コストなど。

その次のGT-Rを作れるかどうかには、日産の経営体力も重要になるという整理が自然です。


GT-Rは復活する?R36を考えるうえで重要なこと

GT-Rファンにとって最大の関心事は「次はあるのか」でしょう。

2025年8月26日のR35生産終了時、日産のイヴァン・エスピノーサ社長は、今回がGT-Rとの「永遠の別れ」ではないという趣旨の発言をしています。

これは将来の復活に期待を持たせる発言です。

一方で、次世代GT-Rについて日産から具体的な発売時期やパワートレインなどが正式発表されたわけではありません。

いわゆる「R36」については、ハイブリッド、プラグインハイブリッド、EVなどさまざまな予想がありますが、現段階では予想と公式情報を分けて見る必要があります。

筆者としては、次世代GT-Rで最も難しいのは「速い車を作ること」ではないと考えています。

現在のモーターやバッテリー、電子制御技術を使えば、数値上の加速性能を高める方法はいくつもあります。

難しいのは、それをGT-Rらしい価格と性能のバランスで商品化することでしょう。

R35は最終的に1,400万円を超える価格帯まで上昇しましたが、もともとのGT-Rには「海外の超高級スポーツカーに匹敵する性能を、相対的には現実的な価格で提供する」という魅力がありました。

次期モデルが仮に数千万円級になれば、性能が高くても従来のGT-Rとは少し違う存在になるかもしれません。

個人的には、次世代GT-Rで注目したいのは最高出力よりも、「日産がどこまでコストを抑えながらGT-Rらしさを残せるか」です。

R35が開発コスト増によって生産継続を難しくした以上、次世代車では最初から将来の法規対応や電動化を見越した設計が欠かせないでしょう。


日産GT-R生産終了から見えるR35の本当のすごさ

R35型GT-Rの生産終了は、単に18年前の古い車が役目を終えたという話ではありません。

むしろ18年間、一度もフルモデルチェンジをせず、度重なる環境規制や騒音規制、安全基準の変更に対応しながら販売を続けたこと自体が異例だったといえます。

2007年に777万円で登場したGT-Rは、改良を続け、最終期には廉価グレードでも1,444万円まで価格が上昇しました。

価格だけを見ると「ずいぶん高くなった」と感じます。

しかしその裏では、性能を引き上げるだけでなく、新しい法規に適合させ、古くなる部品を置き換えながら商品として成立させる開発が続いていたのでしょう。

私はR35について、「18年間もモデルチェンジしなかった車」というより、18年間かけて同じ基本設計を進化させ続けた車と考えるほうがしっくりきます。

そして、それを続けるためのコストが限界に近づいたことが、生産終了につながったと考えられます。

次世代GT-Rが登場するなら、R35と同じ方法を繰り返すのではなく、電動化や電子制御、安全装備の更新を最初から見据えた設計になる可能性が高いでしょう。

GT-Rという名前が再び登場するとき、重要なのはR35をそのまま再現することではありません。

「技術的に挑戦的でありながら、価格まで含めて驚きを与える」というGT-Rの考え方を、次の時代にどう置き換えるのか。

そこに4度目の復活の成否がかかっていると私は考えています。


まとめ

日産GT-R(R35)は2025年8月26日、栃木県の工場で最後の1台が完成し、2007年の登場から18年間続いた生産を終了しました。

生産終了の主な理由は、環境・安全規制への対応、一部部品の調達難、スポーツカー市場の縮小であり、とりわけ重要なのが規制へ対応しながらGT-Rらしい性能を維持するための開発コスト増です。

廉価グレードの価格は2007年の777万円から最終期の1,444万円へ1.8倍以上に上昇しました。性能向上など複数の理由があるものの、長期間にわたる法規対応や改良コストも無視できません。

日産の経営難だけが直接の生産終了理由だったとはいえず、R35という基本設計で最新の法規へ対応し続けること自体が難しくなっていたと見るのが適切でしょう。

一方、日産のイヴァン・エスピノーサ社長はGT-Rとの「永遠の別れ」ではないという趣旨の発言をしています。

次世代GT-Rについて具体的な仕様や発売時期はまだ正式発表されていませんが、R35が直面した開発コストの問題をどう解決するのかは、将来のGT-Rを考えるうえで重要なポイントになりそうです。


よくある質問

日産GT-Rはいつ生産終了した?

R35型GT-Rは2025年8月26日に最後の1台が完成し、生産を終了しました。2007年の発売から約18年間販売されたことになります。

日産GT-R生産終了の一番大きな理由は?

一つだけに絞れるものではありませんが、環境・安全規制への対応、部品調達の難しさ、それに伴う開発コスト増が大きな要因です。スポーツカー市場が限られ、巨額の開発費を販売台数で回収しにくい点も影響したと考えられます。

次期GT-R「R36」は発売される?

日産はGT-Rとの「永遠の別れ」ではないという趣旨を示していますが、次世代GT-Rの発売時期や正式な車名、パワートレインなどは現時点で正式発表されていません。ハイブリッドやEVなどさまざまな予想がありますが、公式発表と予想は分けて確認する必要があります。

ソロ(そろ)/新車・カーライフ愛好家

日産GT-R生産終了にファンは何を思う?惜しむ声とR35への評価

生産を終えたR35型GT-Rを思わせるスポーツカーが静かな工場を後にする場面

日産GT-R(R35)は2025年8月26日に生産を終了しました。18年間進化を続けた名車だけに、ファンから惜しまれる一方、その長寿命と性能には改めて高い評価が集まっています。

「日産の経営が厳しいからGT-Rまで消えたのでは?」と感じた人もいるかもしれません。

しかし今回の生産終了は、単純な経営判断だけで説明できるものではありません。法規への対応や部品調達の難しさなど、2007年設計のR35をこの先も作り続けること自体が難しくなっていたことが大きな背景にあります。

そして忘れてはいけないのが、GT-Rにとって生産終了は今回が初めてではないことです。

GT-Rは過去にも姿を消し、そのたびに復活してきました。だからこそ今回の「終了」は、ファンにとって寂しさと同時に「次もあるのではないか」という期待を抱かせる出来事でもあります。

日産GT-R生産終了でファンが惜しむ理由とは?

日産GT-RのR35型は、2007年に登場し、2025年8月26日に最後の1台がラインオフしました。

実に18年間、一度もフルモデルチェンジせずに販売されたことになります。

一般的な乗用車では数年ごとにフルモデルチェンジするケースが多いため、18年間という期間はかなり異例です。

もちろん、18年間まったく同じクルマだったわけではありません。

R35は年次改良を積み重ねながら、エンジン性能や足回り、乗り心地、空力性能などを継続的に進化させてきました。

最終期のモデルでは、V6ツインターボエンジンから最高出力570PS、最大トルク637N・mを発生。登場から長い年月が経っても、一線級の高性能スポーツカーとして存在感を保ち続けました。

ファンや関係者から惜しまれる理由は、この「18年間」という数字だけではありません。

GT-Rは日本を代表する高性能車の一台として、単なる商品以上の存在になっていたからです。

日産の公式CMを振り返っても、その象徴性はよく分かります。

2019年の企業CM「日産DNA」篇ではGT-R Premium editionが使用され、2023年12月26日から放映された「技術の日産90周年」篇には、スカイラインGT-R BNR32とGT-R R35がともに登場しました。

このCMには、初代スカイラインGT-RにつながるKPGC10型をはじめ、日産の歴代車が多数登場しています。その中にR35もしっかり組み込まれていました。

つまりR35は、単に速いクルマではなく、日産が自社の技術史を語るときに欠かせない存在になっていたと考えられます。

車好きとしては、ここが生産終了をより寂しく感じさせるポイントです。

販売台数だけでは測れない「ブランドの顔」がなくなる。その喪失感こそ、GT-Rファンが感じる大きな惜しさではないでしょうか。


R35型GT-Rはなぜ2025年8月26日に生産終了した?

R35の生産終了については、「日産の経営難が原因」と受け取られがちです。

しかし、参考記事でモータージャーナリストの諸星陽一氏が指摘しているのは、主に法規制への対応と電子部品の調達難です。

特に大きいと考えられているのが、安全装備を含む新しい法規への対応です。

2025年12月からは、継続生産車を含めて衝突被害軽減ブレーキへの対応が求められるため、2007年を基本設計とするR35では追加の開発負担が大きくなります。

新しい装備を付ければそれで終わり、というほどスポーツカーは単純ではありません。

センサーや制御装置を追加すれば、重量や電装系、バンパー形状、冷却、車両制御などにも影響します。

特にGT-Rは「速ければ何でもいい」というクルマではなく、走行性能全体のバランスが商品価値そのものです。

そこへ新しい安全基準や騒音規制、排出ガス規制などを一つずつ適合させ続けるには、どうしてもコストがかかります。

さらに18年間生産したことで、一部電子部品の確保も難しくなりました。

クルマの部品は「昔のものをずっと同じ会社が作り続けてくれる」とは限りません。

半導体や電子制御部品が世代交代すれば、それに合わせて車両側の設計変更や検証が必要になることもあります。

R35は改良を重ねてきたとはいえ、基本となるプラットフォームは2007年登場時から続くものです。

長く作り続けたからこそ愛された一方で、長く作り続けたこと自体が、最後には生産継続を難しくする要因になったとも言えます。


日産の経営難がGT-R生産終了の直接原因ではない

ここは検索する人が特に気になる部分でしょう。

日産GT-Rが生産終了したからといって、「日産に余裕がなくなってGT-Rを切った」と単純に考えるのは正確ではありません。

日産自身は、R35生産終了の理由として経営難を挙げていません。

参考情報でも、法規対応や部品調達の難しさなどが主な理由として紹介されています。

同じように法規への対応が難しくなったスポーツカーはGT-Rだけではありません。

トヨタ「スープラ」も生産終了が決まっており、従来型の高性能スポーツカーを長期間販売し続けることが難しくなっているのは、業界全体に共通する課題です。

ただし、「生産終了の直接原因ではない」ことと、「日産の経営状態が今後のGT-Rに無関係」という話は別です。

次世代GT-Rをゼロから開発するとなれば、多額の研究開発費が必要になります。

エンジン車として継続するのか、ハイブリッドにするのか、プラグインハイブリッドにするのか、それともEVにするのか。

どの方式を採用しても、新世代の安全基準や環境規制を満たしながら「GT-Rと呼ぶにふさわしい性能」を実現しなければなりません。

そのため、R35の終了と経営状態を直接結び付けるべきではありませんが、4度目の復活には日産の経営基盤が重要になるという見方は現実的でしょう。


ファンが評価するR35のすごさは「18年間古くならなかったこと」

R35への評価を考えるうえで、個人的に最もすごいと思うのは最高出力570PSという数字だけではありません。

2007年に登場した設計を、2025年まで商品として成立させ続けたことです。

デビュー当時の廉価グレードは777万円でしたが、最終期には1,444万円まで上昇しました。

18年間で1.8倍以上です。

単純に見ると「ずいぶん高くなった」と感じます。

しかし、その間には性能向上だけでなく、環境規制や騒音規制、安全基準への対応、原材料や部品コストの変化などが積み重なっています。

R35は初期型のまま価格だけが上がったのではなく、毎年のように改良を繰り返してきました。

ここにR35独特の面白さがあります。

普通なら「そろそろ新型にしよう」となるところを、日産は同じR35を磨き続けました。

ある意味では刀を毎年研ぎ直すようなクルマです。

外観の基本シルエットを大きく変えなくても、年式によって乗り味や性能が違う。その積み重ねが、R35を単なる長寿モデルではなく、一つの完成されたブランドのような存在にしたのだと思います。

私はコスパを重視して車を見ることが多いのですが、GT-Rについては一般的な「安い・高い」だけでは評価しにくいと感じます。

1,000万円を超えるクルマなので、もちろん誰にでも買える価格ではありません。

それでも世界レベルの性能を持つスポーツカーとして評価され続けたことを考えると、R35は日産が技術を示すためのショーケースとして大きな役割を果たしてきました。

だから生産終了を惜しむ声は、「自分が買う予定だったのに残念」という人だけから出るものではないでしょう。

買えるかどうかとは別に、「こういうクルマを日本メーカーが作っていることがうれしい」と感じさせる存在だった点が、GT-Rの特殊なところです。


GT-Rは過去にも生産終了と復活を繰り返してきた

今回のR35終了を「GT-Rという名前の完全な終わり」と決めつける必要はありません。

なぜならGT-Rは、これまでも何度も姿を消しているからです。

GT-Rの大きな歴史を整理すると、次のようになります。

  • 1969~1973年:スカイラインGT-R(ハコスカ、ケンメリ)
  • 1989~2002年:スカイラインGT-R(R32、R33、R34)
  • 2007~2025年:GT-R(R35)

初代GT-Rは1969年、3代目スカイライン、いわゆる「ハコスカ」に設定されました。

搭載されたのはS20型2.0リッターDOHC直列6気筒自然吸気エンジンです。

このエンジンはプリンス時代のレーシングエンジンをベースとしており、当時としては非常に高度だった1気筒4バルブを採用。最高出力は160馬力(グロス)でした。

その後GT-Rは1973年に一度姿を消し、1989年にR32型スカイラインGT-Rとして復活します。

R32からR33、R34へと続いた第二世代も2002年に終了しました。

そして約5年後の2007年、今度は「スカイライン」の名称を外し、独立したGT-RとしてR35が登場しました。

今回がGT-Rという名前にとって3回目の生産終了になります。

裏返せば、すでにGT-Rは3度復活してきた名前でもあります。

一度終了したからといって、その歴史が終わるとは限らない。この過去を知っているファンほど、R35終了を寂しく思いながらも、次世代への期待を捨てきれないのではないでしょうか。


次世代GT-Rは復活する?ファンが期待できる理由

R35生産終了時、日産のイヴァン・エスピノーサ社長は、GT-Rについてこれが「永遠の別れ」ではないという趣旨の発言をしています。

これは次期GT-Rの発売時期や仕様を正式発表したものではありません。

現時点で、いわゆる「R36」の市販時期、価格、パワートレインなどは日産から正式発表されていません。

そのため、「次はEVで決定」「もう開発車が完成している」といった情報まで断定するのは避けるべきでしょう。

ただ、日産がGT-Rの名前そのものを過去のものとして扱っているわけではないことは見えてきます。

2023年の「技術の日産90周年」篇でも、R35やBNR32とともに、JAPAN MOBILITY SHOW 2023で公開されたコンセプトカー「NISSAN HYPER FORCE」が登場しました。

HYPER FORCEがそのまま次期GT-Rになると公式に決まったわけではありません。

それでも日産が「技術」「高性能」「未来」を表現する場面で、GT-Rの歴史と未来的な高性能コンセプトカーを同じ文脈で見せている点は興味深いところです。

筆者としては、次世代GT-Rで最も重要なのは、エンジンかEVかという二択ではないと考えています。

ファンが求めているのは、動力源そのものよりも「GT-Rを名乗るだけの説得力」ではないでしょうか。

歴代GT-Rは、それぞれの時代の技術を使って高性能を追求してきました。

1969年ならS20型エンジン、1989年ならR32の技術、2007年ならR35のV6ツインターボと4WDシステムです。

そう考えると、次世代GT-Rも昔の方式をそのまま再現する必要はありません。

むしろ2020年代後半、あるいはその先の時代に日産が持つ技術を最大限に投入し、「これが今の日産の答えだ」と言えるクルマにできるかどうかが重要だと思います。


R35生産終了後、中古GT-Rはどう評価される?

新車生産が終わったことで、これからR35を手に入れる場合は中古車が中心になります。

参考情報によると、2025年10月3日時点の中古車相場は、2007~2009年式で約700万~900万円、2015年式で約900万~1,700万円、2020年式以降では約1,400万~2,000万円以上とされていました。

NISMOを含めると、約700万~5,000万円という非常に幅広い価格帯です。

ただし中古車価格は、年式だけでは判断できません。

GT-Rのような高性能車では、走行距離、修復歴、整備状況、改造歴、グレードなどによって状態も価格も大きく変わります。

また、生産終了によって希少性への注目が高まれば、価格が上昇する車両が出てくる可能性もあります。

だからといって「今買えば必ず値上がりする」と考えるのは危険です。

中古車相場は需要と供給によって変動しますし、高性能車は維持費や整備費も一般的な乗用車とは違います。

R35を中古で選ぶなら、「将来高く売れるか」だけではなく、自分がそのクルマを所有して楽しみたいかという視点のほうが大切でしょう。

個人的には、生産終了後のR35を見るときこそ「最も新しい年式が一番偉い」と考えないほうが面白いと思います。

18年間にわたり改良されたクルマなので、初期型には初期型の魅力があり、中期型、後期型にもそれぞれ個性があります。

R35全体を一括りにするのではなく、どの時代のGT-Rが自分に合うのかを見ることが、中古車選びではますます重要になりそうです。


日産GT-R生産終了をどう見る?筆者の考察

今回の生産終了を見て、私は「R35が負けて終わった」のではなく、18年間戦い続けて、ついに現在の法規や部品環境に基本設計が追いつけなくなったという捉え方が最もしっくりきます。

2007年に登場したクルマが2025年まで現役だった事実そのものが、R35への最大級の評価ではないでしょうか。

もちろんフルモデルチェンジをしなかったことには、さまざまな事情があったはずです。

しかし結果としてR35は、毎年少しずつ磨かれながら18年間生き続けるという、現代では珍しいスポーツカーになりました。

そしてGT-Rの価値は、販売台数だけで判断すると見誤ると思います。

軽自動車やミニバンのように、多くの人の日常生活を支えるクルマではありません。

それでも「日産にはGT-Rがある」という事実は、他の日産車を見るときのブランドイメージにも影響してきました。

実際、日産自身も企業CMの中でGT-Rを「技術の日産」を象徴する歴代車の一台として扱ってきました。

ここから考えると、次世代GT-Rの役割は単にR35の後継車を作ることではないでしょう。

今の日産が持つ技術力を世界に分かりやすく示す「旗」のようなクルマを再び作れるかがポイントだと考えます。

一方で、私は復活を急ぎすぎてほしくないとも思います。

ファンの期待に応えるためだけに中途半端なモデルを出してしまえば、GT-Rという名前そのものの価値を薄める恐れがあります。

GT-Rは過去にも長い空白期間を経験しています。

1973年から1989年まで、そして2002年から2007年まで。その空白を経てもGT-Rの名前は復活しました。

だったら今回も、「すぐ出すこと」より「GT-Rとして納得できるクルマを出すこと」を優先してほしいところです。

エンジンでもハイブリッドでもEVでも構いません。

乗った人が「これならGT-Rと呼べる」と感じられる性能と技術的な意味を持っているか。それこそが4度目の復活で最も大切な条件だと思います。


まとめ

日産GT-R(R35)は、2007年の登場から18年を経た2025年8月26日に生産を終了しました。

主な背景には、衝突被害軽減ブレーキを含む新たな法規への対応や、一部電子部品の調達難などがあり、単純に日産の経営難だけを理由に生産終了したわけではありません。

R35は最終期に最高出力570PS、最大トルク637N・mを発揮しながら、フルモデルチェンジなしで18年間進化を続けました。

ファンから惜しまれる最大の理由は、その性能だけでなく、GT-Rが長年にわたって「技術の日産」を象徴する存在だったからでしょう。

そしてGT-Rは、これまでにも1973年、2002年と生産を終えながら、その後復活しています。

日産のイヴァン・エスピノーサ社長も、R35終了がGT-Rとの永遠の別れではないという趣旨の考えを示しています。

次世代モデルの時期やパワートレインはまだ正式発表されていません。

だからこそ今は、R35の18年間を惜しみながら評価すると同時に、次の日産がどんな形で「GT-R」を復活させるのかを見守る時期なのでしょう。


よくある質問

日産GT-Rはいつ生産終了した?

R35型の日産GT-Rは、2025年8月26日に最後の1台がラインオフして生産終了となりました。2007年の発売から約18年間販売された長寿モデルです。

GT-Rの生産終了は日産の経営難が原因?

日産は経営難を直接の理由として挙げていません。法規への対応や一部電子部品の調達難などが大きな要因とされています。ただし、次世代GT-Rを新規開発するうえでは日産の経営状態も重要になると考えられます。

次のGT-R「R36」は発売される?

次世代GT-Rの正式な車名、発売時期、価格、パワートレインは現時点で公表されていません。一方、イヴァン・エスピノーサ社長はGT-Rとの永遠の別れではないという趣旨の発言をしており、将来的な復活への期待は残されています。

ソロ(そろ)/新車・カーライフ愛好家

R32から18年後のGT-Rを妄想!生産終了を機に進化の可能性を考える

R32型GT-RとR35型GT-Rの進化を時間軸で対比するスポーツカーのイメージ

R35型日産GT-Rが18年の歴史に幕を下ろした今、もしR32型GT-Rも18年間進化を続けていたら、どこまで完成度を高めていたのでしょうか。

1989年登場のR32はわずか約5年間で約4万4000台を販売した名車です。R35が18年間で約4万8000台だったことを考えると、R32が長期熟成される世界を想像するだけでも、GT-Rというクルマの進化の本質が見えてきます。

日産GT-R生産終了で、なぜR32の「18年後」が話題になるのか?

結論からいえば、R35型GT-Rが2007年から2025年まで18年間も同じ型式を熟成させ続けたからこそ、R32にも同じ時間が与えられていたらどうなったのか、という興味が生まれます。

R35型GT-Rは2007年12月に登場しました。初期型は3.8リッターV6ツインターボのVR38DETTを搭載し、最高出力480PS、価格は777万円から834万7500円でした。

そして2025年8月26日、栃木工場から最終生産車がラインオフ。最後の1台は右ハンドルの「プレミアムエディションT-spec」で、ボディーカラーはミッドナイトパープル、内装はT-spec専用のモスグリーンだったとされています。

2007年から数えるとモデルライフは約18年。世界で販売された台数は約4万8000台とされ、最終型の2025MYではプレミアムエディションT-specの価格が2035万円、最高出力は570PSに達しました。

さらにGT-R NISMOでは最高出力600PSまで高められています。2013年に発表されたNISMOはニュルブルクリンク北コースで7分8秒679を記録するなど、R35は同じ基本設計を磨き続けることで性能を高めていきました。

この「18年間の熟成」をR32に当てはめたのが今回のテーマです。

R32型スカイラインGT-Rは1989年から1994年までの約5年間に約4万4000台を販売しました。R35の約4万8000台と比べても、数字だけなら驚くほど近い規模です。

しかもR32はR35のような世界戦略車ではなく、販売の中心は日本でした。当時のバブル景気や高性能車人気という追い風があったとはいえ、5年間でこの台数はかなり大きな支持だったことが分かります。

私はここが面白いポイントだと思います。

R35は「長期間売りながら進化させたGT-R」、R32は「短期間で爆発的な支持を得たGT-R」と見ることができます。同じくらいの販売規模に到達した2台なのに、そこまでの時間の使い方はまったく違ったのです。


R32 GT-Rが18年間販売されていたら、どこまで進化した?

もちろん実際には存在しないクルマなので、ここからは事実を土台にした想像になります。

ただし、R32の5年間に実際に行われた改良を見ると、18年間の方向性をある程度想像することはできます。

R32 GT-Rには標準車だけでなく、レース参戦を意識した「NISMO」や、性能を高めた「Vスペック」などが設定されました。

つまり日産は当時からGT-Rを一度完成させて終わりにするのではなく、モータースポーツや実走から得た課題を反映しながら改善していました。

もしR35のように毎年のような年次改良が続いていたなら、大きく進化した可能性があるのは次の部分でしょう。

  • ボディー剛性と足まわりの熟成
  • ブレーキ性能と冷却性能の向上
  • 高速域での空力安定性
  • アンダーステアの軽減
  • 4WD制御の高度化
  • エンジンのレスポンスや耐久性
  • 日常走行での扱いやすさ

特に大きいのはボディーと足まわりです。

R35では基本骨格を長期間使いながら、製造現場の工夫まで含めて完成度が高められていきました。ラインオフ時には、設計時に想定された製造公差を生産現場の努力で詰めた結果、剛性が約8%向上したというエピソードまで紹介されています。

R32にも18年という時間が与えられていたなら、単純な最高出力競争だけではなく、「同じ速度でも安心して踏める」「荒れた路面でも姿勢が乱れにくい」といった、数字に表れにくい性能が相当磨かれていたはずです。

一方で、エンジン出力については単純に「何百馬力まで上がった」とは考えにくい部分があります。

当時の日本には280PSの自主規制があり、カタログ上の最高出力には制約がありました。さらにR32はGT-R専用車ではなく、あくまでスカイラインをベースとしたモデルです。

R35のように最初からGT-R専用の車体や電子プラットフォームを前提に設計されたわけではありません。

そのため18年間使い続けるなら、どこかでボディー、電子制御、安全装備などの限界が出た可能性は高いでしょう。

私は、もし本当にR32が18年間続いていたとしても、「R32の見た目のまま18年」というより、外観の基本イメージを残しながら中身が大幅に刷新される方向だったのではないかと考えます。


実はR32の進化形はR33、R34としてすでに存在していた

ここで忘れてはいけないのが、R32の物語は1994年に完全に終わったわけではないことです。

スカイラインGT-Rとして見ると、その後にR33、R34が続いています。

つまり、R32を18年間そのまま改良する代わりに、当時の日産はベースとなるスカイライン自体をモデルチェンジして進化させたとも考えられます。

R32にはフロント側の重量感や高速域の空力、アンダーステア傾向など、走りを突き詰めるほど見えてくる課題がありました。

それらはR33、さらにR34へ進む過程で改善されました。

R33ではホイールベースが拡大され、高速域の安定性を重視する方向へ進化。R34では再びボディーサイズや運動性能のバランスを見直し、第二世代GT-Rの完成形と呼ばれるほど評価される存在になりました。

つまり「R32を18年間改良していたらどうなったか?」という問いに対して、かなり現実的な答えは、

R32の弱点を潰しながら進化した結果がR33やR34だった

とも言えるのです。

これはR35との大きな違いでしょう。

R35はGT-R専用モデルとして独立していたため、基本プラットフォームを維持しながら年次改良を続ける方法が取れました。

一方、R32からR34までのGT-Rはスカイラインというベース車が存在したため、ベースモデルのフルモデルチェンジに合わせてGT-Rも大きく姿を変える必要がありました。

個人的には、ここを単純に「R32の寿命が短かった」と見るのは少し違うと思っています。

R32単体では約5年でも、思想やメカニズムはR33、R34へ受け継がれました。そう考えると、第二世代GT-R全体が約11年間を使って熟成されたひとつの大きなプロジェクトだったとも解釈できます。


R32が本当に18年続いたなら「速さ」より完成度が伸びた可能性

では、それでもR32という型式を18年間使い続けた世界を想像するとどうなるでしょうか。

私は、後半になるほど「最高出力」ではなく「速さを使い切るための完成度」が重視されたと考えます。

これはR35の進化を見ると分かりやすいです。

R35開発時には当時の開発責任者、水野和敏氏によって「重さを速さに変える」「300km/h領域でも助手席と会話が楽しめる」「ノルドシュライフェ市販車世界最速」といった非常に高い目標が掲げられていました。

実際、R35はフロントエンジンの2+2シーターというGT的なパッケージを維持しながら、トランスアクスル方式の4WDなど独自のメカニズムを採用しました。

空力ではCd値0.27とマイナスリフトを両立し、登場時にはニュルブルクリンクで7分38秒台、その後7分29秒台というタイムが発表され、世界的にも大きな話題になりました。

R32が18年間続いた場合も、最初の数年はパワーアップが注目されたでしょう。

しかし、年数が経つにつれて重要になるのは、ブレーキ、タイヤ、空力、電子制御、ボディー剛性、冷却性能といった「速さを成立させる周辺部分」だったはずです。

たとえば280PSのままでも、ブレーキ性能が上がり、トルク配分制御が細かくなり、ボディーが強くなり、空力が整えば、サーキットでは初期型よりはるかに速く走れます。

クルマは馬力だけで速くなるわけではありません。

これは新車選びでも同じで、スペック表の数字だけを見ると見落としがちですが、実際の満足度は足まわりや制御、乗り心地、ブレーキの扱いやすさなどの総合力で決まります。

もし18年目のR32が存在したなら、見た目は角張った往年のGT-Rでも、走りは初期型とは別物というクルマになっていたのではないでしょうか。


R35が18年間生産できた理由から見えるR32との決定的な違い

R32の18年後を考えるうえで、R35がなぜ18年間も生き残れたのかを見ることも重要です。

R35は単に人気があったから残ったわけではありません。

日産栃木工場では、「フーガ」などFR系モデルを生産するラインにGT-Rを混流させる方法が採られました。

さらにGT-R専用工程の多くは熟練工の手作業に支えられていました。

VR38DETTエンジンは横浜工場で「匠」と呼ばれる熟練者によって組み立てられ、歴代で9人、最終期には4人が担当していたとされています。

栃木工場でもリアアクスル周辺をわずか2人ほどで組み立ててアライメントを調整し、トランスアクスルユニットを数人がかりで車体へ組み付けるなど、人の技術に依存する工程が存在しました。

こうした作り方が、高性能車でありながら初期価格777万円という設定につながったとされています。

R32にも熟練工の技術は当然投入されていましたが、18年間を前提にした専用車として設計されたわけではありません。

さらに時代が進めば、衝突安全や排出ガス、先進運転支援システム、サイバーセキュリティーなど、性能とは別の領域で対応すべきものが増えていきます。

実際、R35が生産終了した背景については、古い電子プラットフォームではADASやサイバーセキュリティーなど現代の要求への対応が難しくなったことが挙げられています。

2024MYでは日本仕様の排気音量低減への対応に大きな開発投資が行われたとの情報もあり、古い設計を維持するコストは年々重くなっていました。

この点をR32に置き換えれば、1989年の電子アーキテクチャーを2000年代半ばまで引っ張るのはさらに困難だったでしょう。

つまり、R32が18年間続くためには、途中で「見えない部分」をほぼ作り直す必要があったはずです。


R32から18年後のGT-Rを妄想すると、どんな姿になったのか?

では1989年から18年後、つまり2007年前後までR32 GT-Rが続いていたと仮定してみます。

偶然にも2007年はR35が登場した年です。

個人的には、18年目のR32は次のようなクルマになっていたのではないかと想像します。

まずデザインです。

R32最大の魅力である直線基調のボディーや丸型4灯テールランプは、ブランドを象徴する部分として残った可能性があります。

ただし高速性能を高めるため、前後バンパーや床下、リアスポイラーなどはかなり空力重視になっていたでしょう。

次に走行性能です。

第二世代GT-Rが採用した電子制御4WD「ATTESA E-TS」の思想はさらに進化し、前後だけでなく車両姿勢全体を細かく制御する方向に進んだと考えられます。

ブレーキもR32初期型の弱点を考えれば、大径化や冷却性向上は避けられません。

そして最大の問題がエンジンです。

RB26DETTを18年間使い続けたと考えるのはロマンがありますが、環境規制や燃費、排ガス、安全性まで考慮すれば、どこかで新世代エンジンへ切り替わった可能性が高いでしょう。

仮にRB26の名称や基本思想を残すとしても、中身は大きく変わったはずです。

さらに2000年代に入ればDCTのような高速変速機や高度な電子制御も無視できません。

そう考えると18年目のR32は、「昔ながらのR32を改良したクルマ」というより、外観と思想にR32らしさを残した別世代のGT-Rになっていたでしょう。

そして興味深いのは、それこそが実際のR35にかなり近いという点です。


R32の妄想から見えてくる次期GT-Rの進化

R32の18年後を考えることは、単なる懐古趣味ではありません。

むしろ次世代GT-Rを考えるヒントになります。

R35の最終生産を迎えた2025年には、日産側から次世代GT-Rに前向きな発言が相次ぎました。

ラインオフ式ではイヴァン・エスピノーサ社長からGT-Rの次章を意識したメッセージが示され、長年GT-Rのチーフプロダクトスペシャリストを務めた田村宏志氏も、具体的な方式こそ明かしていないものの、次世代について検討していることを示しています。

R35開発初期から関わった松本光貴氏も、次の世代のメンバーが新しいGT-Rを見せてくれるだろうという趣旨のメッセージを残しています。

一方、次世代GT-Rが登場するとすれば、R32やR35の技術をそのまま延長するだけでは難しいでしょう。

栃木工場ではフェアレディZやスカイラインに加え、アリアや新型リーフといった電動車も生産されています。

そのため、将来のGT-RがBEVになるのか、ハイブリッドを含む別のxEVになるのかは確定していませんが、何らかの電動化技術が重要になる可能性は高いと考えられます。

私はここで、次期GT-Rに必要なのは「R32の再現」ではないと思っています。

R32が評価されたのは角張ったデザインだからだけではなく、当時の技術を使って世界に挑戦できる高性能を比較的現実的な価格で提供したからです。

R35も同じです。

ポルシェや欧州スーパーカーと性能を競いながら、発売当初777万円という価格で登場したこと自体が大きなインパクトでした。

ならば次のGT-Rも、昔のエンジンやデザインを無理に再現するより、「その時代の日産が使える技術で、従来の常識を超える性能を現実的な形で出す」ことこそ、GT-Rらしさなのではないでしょうか。

これはコスパを重視してクルマを見る立場からも非常に重要です。

2000万円級となった最終期R35を単純に安いとは言えません。それでも同等の性能を持つ欧州製高性能車と比べることで、GT-R独自の価値が見えてきました。

次世代GT-Rでも、単に最高出力1000PSといった派手な数字を競うのではなく、「この技術と性能をこの価格で出せるのか」と驚かせる存在になってほしいところです。


私見:R32が18年続かなかったからこそGT-Rは進化できた

R32から18年後のGT-Rを想像すると夢は広がります。

ただ、私は最終的に「R32が18年間そのまま続かなかったことも、結果として正しかったのではないか」と感じます。

R32にはR32の時代があり、R33にはR33の役割があり、R34では第二世代GT-Rとしての完成度がさらに高まりました。

そして一度GT-Rの歴史を区切ったあと、2007年にはスカイラインから独立したR35というまったく新しいGT-Rが登場しました。

もしR32という型式を守ることを最優先していたら、これほど大胆な変化は難しかったかもしれません。

クルマ好きとしては「ずっとR32のままだったら」という想像にロマンを感じます。

しかし商品として考えれば、古い設計を長期間維持するほど安全規制、環境規制、電子制御、製造コストなどの制約は大きくなります。R35ですら18年目にはその壁に直面しました。

だからこそ、GT-Rにとって大事なのは型式を守ることではなく、その時代におけるGT-Rの役割を守ることなのだと思います。

R32が登場した1989年とR35が登場した2007年では、クルマを取り巻く環境は大きく変化しました。

それでも両車が強烈な印象を残したのは、「日産が本気で世界に挑戦する高性能車」という軸が共通していたからでしょう。

次のGT-Rが電動車になったとしても、その軸さえ失わなければGT-Rらしさは残せるはずです。

むしろR32が18年進化していた世界を妄想してみると、最終的には「変わらないこと」よりも「時代に合わせて大胆に変わること」のほうがGT-Rらしい、という答えにたどり着きます。


まとめ

R35型日産GT-Rは2007年に登場し、2025年8月26日に最終生産車がラインオフするまで約18年間生産されました。世界販売は約4万8000台とされ、初期480PSから最終期570PS、NISMOでは600PSへと進化しています。

一方のR32 GT-Rは1989年から1994年まで約5年間で約4万4000台を販売しました。もしR35と同じ18年間が与えられていれば、ボディー剛性、空力、ブレーキ、電子制御などは大きく進化していたでしょう。

ただし現実には、その役割をR33、R34が引き継ぎました。

つまりR32の「18年後」を考えると、単一モデルを守るよりも、世代ごとに課題を解決していくことこそGT-Rの進化だったと見えてきます。

R35の生産終了は寂しいニュースですが、GT-Rという名前まで終わったと決まったわけではありません。

個人的には次世代GT-Rにも、R32やR35の形をそのまま追うのではなく、「その時代の日産だから作れる驚き」を見せてほしいと思います。それが結果として、未来から振り返ったときに新たなGT-R伝説になるのではないでしょうか。


よくある質問

R32 GT-Rは何年間生産された?

R32型スカイラインGT-Rは1989年に登場し、1994年まで約5年間販売されました。販売台数は約4万4000台とされています。

R35 GT-Rは何年間生産された?

R35型日産GT-Rは2007年12月に発売され、2025年8月26日に最終生産車がラインオフしました。約18年間にわたる長寿モデルです。

R32が18年間続いていたらR35のようになった?

完全に同じにはならなかったと考えられます。R32はスカイラインをベースにしたモデルで、R35はGT-R専用車だからです。ただし、空力、ブレーキ、ボディー剛性、4WD制御などを18年間磨いた結果、性能面ではR35につながるような大幅な進化を遂げていた可能性があります。